深海定点観測





けたたましい携帯電話のアラーム音で目が覚めた。
未だ鈍色のもやがかかったようにはっきりしない意識のまま、
枕元の携帯を開きクリアボタンを押す。

AM6:30ジャスト。

この場所は圏外なので携帯の役割等、微々たる物に限られる。
目覚まし代わり、時計、ダウンロードした画像や音楽の再生等々。
メイン機能である『通話』や『メール』が出来無いのだから、
持って来なくても良いはずなのに……無いとどうにも不安になる。

情報化社会の呪いの一種。俺も知らず知らずの内にかけられているな、と苦笑いしてしまう。

待受画面には華のような笑みを浮かべてピースポーズを決める、
1人の少女の写真がセットされている。
少女の名前は相沢香奈美、今年
5歳になる。俺、黒江涼司の一人娘だ。
名字が違うのは、3年前に別れた妻に親権を持っていかれたからで……まぁ男手ひとつで
子育てなんてきっと無理だったろうから、結果的にはコレで良かったのだと、今は思っている。
例え姓が別でも香奈美が俺の大事な娘である事に変わりは無い。
彼女との月
2回の面接が俺の生甲斐、生きる希望だ。
……そんなことを言うと、職場の同僚には、
「黒江、お前28歳の男がそれじゃあまりに枯れ過ぎだ。とっとと新しい嫁さんでも貰え!」
などと、冗談めかして言われるのだが、生憎俺の頭の中は今、可愛い香奈美の事でいっぱいだ。
当分そんな話はお断りだ。

親バカ?……自分でもそう思う。

「そう言えば……今日は月曜か。香奈美は保育園の日だよな。雪とか無きゃ良いけど」
呟いて壁に取り付けられた丸窓から外を見やる。
……が、向こう側は真っ暗で天気のことなんかちっとも判りはしなかった。


狭いベットの上で軽く背伸びをして起き上がる。
洗顔代わりに濡れタオルで顔を拭い、寝癖の酷い頭を軽く手で撫ぜ付ける。
見苦しい不精ヒゲも気にはなったのだが、貴重な水で洗面に使うのは気がひけるので、
そのまま作業着を羽織った。

この部屋に鏡は無いが、身支度は窓ガラスで事足りる。
向こう側が暗いガラスは鏡のようにこちら側を映してくれる。

もうすぐ7時になるが、辺りは相変わらず闇色のままだ。
よく、つまらないドラマや、B級アクションハリウッド映画でありがちな台詞。

『明けない夜は無い』
『止まない雨は無い』

確かに、地上に居れば24時間の内1度は朝日を拝む事が出来る。
しかし、俺が今居るこの場所には朝なんて絶対やって来ない。
そもそも「光」という概念ですら存在するのかどうか……。
晴れ・曇り・雨・雪、天候判らない、関係しない世界。

痛いほどの静寂と、一寸先も見えない暗闇と120気圧というすさまじいGと。

ここは深さ12000mの深海だ。

俺の勤める七瀬電気(株)が社運を賭けて始めた深海探査プロジェクト、
名称「シンカイ
12000m計画」。
このプロジェクトは海洋生物学会や海底のエネルギー資源確保を狙った電力会社、
各政府機関を巻き込みつつ、7年後、ついに世界初の海底
12000mまで潜航可能な
有人潜水艇「乙姫・丙号」を作り出した。
「乙なのに丙号」と云う、妙な名前を付けられた潜水艇は数々のテスト・改良を経て、
昨日遂に正式運行を開始した。


そう、俺がいるのはその「乙姫・丙号」の中である。



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サトル:おじさん頑張れ(爆)



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