葬式




 

 

見事なまでに空は曇っていた。
しとしとと、けぶるような雨音が地面に吸い込まれる。
こんなに灰色の空を見たのは久しぶりだった。
今日はくもり時々雨、と天気予報が言っていたのを今更ながら思い出す。
だけどそんなことは意味をなさない。
なんで空が曇っているかって?そんなの決まっているじゃないか。
エリーが死んだからだ。それが全てだ。

彼女は今僕の腕の中にいる。
華奢な体をしているのにそれに反して重い。
それは僕が学者バカでたいして運動もせず貧弱だからだろうか、それとも・・・。

僕は生前エリーが好きだった丘の上にある大木の、根っこよりさらに地中深くに
小さな小さな部屋を作った。
エリーに土をかけるのがいやだったから。
エリーを抱いたまま地下に降りる。
地下にはエリーがいつも座っていた椅子を置いていた。
そこにエリーをそっと下ろす。

目を閉じた彼女は美しかった。
不思議な光沢を見せる金色の髪。
天使のカーブを描く輪郭。
微笑を浮かべる口元。
今にも動き出しそうだ。
だが影を落す睫毛の奥にある、もっとも魅力的だった緑の目は開かない。
その目に僕が映ることはもうないのだ。
その事実が僕を打ちのめす。

彼女の頬に手を当てた。
冷たい・・・。
僕の目から熱いものが次々と零れ落ちた。






***   ***   ***



アレン=カート。それが僕の名前だ。
僕はいわゆる天才である。
生まれてわずか6ヶ月で片言ながら言葉を話し、普通の子が中学生なる年に
僕は大学を卒業し、大学院へ入った。
別にこれは自慢しているわけではない。ただの事実だ。

多くの天才が束縛を嫌ったように、世の中の出世争いに興味はなかった僕は
すぐさま大学の研究室を離れてこの「眠る谷」と呼ばれる、
深い谷がある片田舎に引っ込んだ。
足の引っ張り合いに陰険な陰口。僕はすっかり人間嫌いになっていた。

そんな僕の面倒をあれこれ見てくれたのがエリーだった。
エリーはよく泣いて、よく笑って、よく怒った。実に感情豊かだった。
人間のそうゆう感情をうっとうしいと思ってた僕だが、なぜかエリーの表情が
くるくる変わる様を見るのは嫌いではなかった。
それどころか心地よかった。
僕は次第にエリーに惹かれ始めた。

突然僕の前に現れた天使。
「あなたの世話を頼まれました」
と言ってドアの前に立っていた君。

まぁ、いい、と僕はエリーを受け入れた。生活能力がなかった僕を心配して
お節介焼きの大家のおばさんが雇ったのだろう。
そんなふうに思ってた。

そして、先々日。
エリーはいつものように台所に立っていてシチューを煮こんでいた。
僕は何ヶ月も前からとりかかっていた論文を仕上げるために部屋にこもっていた。
集中力が切れるころにはすっかり日が暮れてしまっており、空腹感を覚えた僕は
台所に向かった。

「エリー・・・?」

台所で僕の目に入ってきたのは不思議な光景。
エリーの回りだけ時間が止まっている。
中途半端にむかれたジャガイモ、手には包丁が握られている。
再生ボタンを押せば何事もなかったように動き出しそうだ。

「エリー!?」

僕は恐る恐る彼女の手を取った。脈がない・・・。
次に心臓のほうに耳をくっつけると、微かに空振りしているモーターの音が聞こえた。

どうゆうことなんだ? まさか!!
僕は祈るような思いで、エリーの持っている包丁を手に取りその白い柔らかそうな肌を
そっと浅く切りつけた。
予想通りエリーの体から血はにじみもしなかった。
代わりに透明の粘り気のある液体が細い指先をたどり床へしみをつくる。
心臓が破れそうなほどにばくばくいっている。
衝撃を受けている体とは別に頭は妙に冷静に事実を受けとめていた。
彼女はアンドロイドなのか!?
彼女の胸に耳をあて、モーター音を聞きながら、目まぐるしく頭が彼女との日々を
回想する。

僕の食べる姿をいつの嬉しそうに幸せそうに微笑んで眺めていたエリー。
僕が嫌いなにんじんを残すと眉を八の字に歪めて怒っていた。
いつからか、その顔がかわいくて、その顔見たさに僕はにんじんを残すようになった。
そんな彼女が食事をするところを僕は見たことがない。

エリーは温かかった、優しかった。泣き虫だった。怒りんぼうだった。
エリーの作る料理は上手かった。
そんなロボットがこれまでにいただろうか。いや、そんなことどうでもいい。
エリーはエリーなのだ。

「愛してるよ・・・エリー」

それがすべただ。

エリーがロボットでよかったと心底思う。
人間のように完全の死が訪れるずれることはない。
僕の手で必ずエリーを甦らせてみせる。
そして今度こそエリーは永遠の女(ひと)となるのだ。

「愛している」
「愛している」
だから・・・
待っていてくれ。
未来、君を起こしにくるから・・・。
そのときまた僕に笑いかけてくれ、僕の名前を呼んでくれ。


12時の鐘がなった。
僕は地下室を出る。
そろそろ研究所からの迎えが来るだろう。
僕はこの谷を離れて街に戻る。

眠る彼女を残して。

 

 











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