深海定点観測 SS


雪こんこ





雪やこんこ あられやこんこ 降っても降ってもまだ降り止まぬ。
窓の外を見ながら、木々那教授は小さくメロディーを口ずさんでいる。
その歌を聞き俺はしみじみと呟いた。
「ほんっとに音痴ですよね、木々那教授」
音程めちゃくちゃ。歌詞が付いていなかったら歌かどうかもわかんなかっただろう。
「にはは〜。確かに僕、歌い方が個性的ってよく言われるなぁ」
あのひどい音痴を個性で片付けるのか…相も変わらずズレた天才少女である。
「なんかね、雪がいっぱい降ってるなぁって」
コツコツとガラスを突いて外を見るように俺を促す。
「雪、ですか?」
外の世界。ここは深海で、光すら届かず音さえ響かない闇の世界で。そこに、雪?
深海探査船乙姫号のライトの光が頼りなく窓の外を照らしている。
暗い水の中を、無数の白い塵やプランクトンの様な物が漂っていた。
「あのね、海中で死んだ魚やプランクトンはね、ずーっとずーっと海の底へ沈んで行くの。
 途中で腐敗したり色んな生物に食べられながらも、その欠片は下へ下へと下りていくの」
深海に降る雪、そんな別称がこの白い塵にはあるらしい。
「なんか嫌だなぁ…空から降る雪は基は水でしょう?綺麗だけど…これ動物の死骸でしょう?」
苦笑いして俺がそう言うと、木々那教授は軽く首を傾げてみせた。
「雪だって空気中のゴミを色々含んでるんだよ?一緒じゃんっ」
「いや、まぁ確かにそうなんですけど…」
「…雪が降ってね、それが川から海に流れ付いて、海中でプランクトンや魚の一部をまとって、
 ゆっくりゆっくり辿りついてるの」
だから、これは空から下りてきた雪なんだよ?と木々那教授は俺に言う。
世界の一番最深部で、最後に舞い降りてきた深海の雪。
ふと、俺は彼女が先程歌っていた歌を思い出す。
雪やこんこ。
こんこ、とは静かで静かで雪が降る音すら聞こえてきそうな様を表した表現らしい
。だとしたら此処程それに相応しい場所は無いだろう。
深海12000、静かな闇の世界。
窓の外は白い塵が無数に漂い続けている。
木々那教授はまた小さく口ずむ。

雪やこんこ。あられやこんこ。降っても降ってもまだ降り止まぬ。







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