誘い―イザナイ―









「真咲ちゃん、依頼来てるよー」
真由が封書箱から封筒を取り出した。
封筒は全部で6通。
「どれどれ?」
真咲は封筒を開けた。
封筒にはもう一通封筒が入っていた。
添えられた手紙を読む。
『三院皇くんに渡してくださいv』
『お願いです。手紙を三院帝さんへ渡して下さい』
等など、6通の依頼全てがラブレターの代行渡し業務だった。
「ラブレターぐらい靴箱に突っ込んでおけばいいのに……。
 もー、飽きたわ、こういう依頼!」
「だねだね。僕も、犯人は君だ!ってやってみたいよ……」
「ともあれ、明日の生活のために」
「明日のお米のために」
「「頑張ろう!」」

真咲と真由は学校内でお小遣い稼ぎのため何でも屋をやっている。
基本、依頼料も内容にもよるが、100円〜300円の範囲なので、
今までにトラブルになったことはない。
本来はよいことではないが、双子の家の貧乏ぷりを知っている先生達は
見ないフリをしてくれている。

「真由はいつもの通り帝君のところね。あたしは……狐男のところに行くわ」
「分った!」
双子はハイタッチをし、二手に別れた。




真由は上履きから靴へと履き替え、道場へ向った。
道場周りは女の子で輪ができている。
その輪は行儀よく、静かに剣道部の見学をしている。
部員の発する鋭い声、竹刀のしなる音、見事に決まった痛そうな音。
部活動はもう始まっていた。
「困ったなぁ……今日、僕、バイトなんだけど」
真由は花屋さんでバイトをしている。
バイトがない日なら部活が終るまで帝を待って、ラブレターを渡した後、
途中まで一緒に帰ったりするのだが。
「帝ちゃん、気づいてくれないかなぁ……」
真由は女の子の輪を上手くすり抜け、前に出た。
部員総勢26名。
皆防具をつけていて顔は見えないが、どの人物が帝なのかはすぐ分る。
もっとも姿勢がよく、迷いなく伸びきった竹のような凛然とした空気を身に纏っている。
その人物、帝と思われる人は、組み合っている相手から一本を決めた。
それは、気負いのない自然な動きの中で起こった、一瞬の出来事であった。
すごいすごいと小さく手を叩く真由に帝が気づいた。
防具を脱ぎ、手を振る真由に近づく。
その口元には微かな笑みが浮かべられていた。
「帝ちゃん、部活中にごめんねー。
 ちょっと渡したいものがあるんだけどウルトラマン時間だけくれる?」
渡したいもの、という言葉に帝は僅かに眉を顰めた。
真由がこうして自分の元へ近寄ってくる目的はいつも「渡したいものがあるから」である。
ごく最近だが、そのことが引っかかっている。
もしかしたら、これは「不愉快」という感情かもしれない、と薄々気づきだしている。
「帝ちゃん……だめ?」
首を傾げる真由の後ろに、帝は、というか周囲の人達も、垂れた耳や尻尾を見た。
「少し外に出ます」
「わーいっ! ありがとー!!」
今度はぴょこっと立った耳とブンブンと勢いよく左右に振られている尻尾が見える。
帝は非常に真由に弱かった。



期待の剣道部ルーキーで、
しかも胴着姿が世界で一番似合うと言っても過言ではない色男。
寡黙で硬派で、しかも何気に女子に不器用な優しさを見せる帝に
憧れる女子生徒は多い。
告白してもそっけなく断られるし、ラブレターを渡しても受け取ってもらえない。
靴箱にこっそりとラブレターを忍ばしておいても、
同じ帝ファンによって抹消されてしまう。
だが、なぜか真由に渡してもらうと受け取ってもらえるし、
しかも、本人直々にラブレターを返却してもらえるのだ。
よって、一度くらいは話してみたいという女の子からの帝への橋渡し依頼は多い。



「帝ちゃんがこういうもの苦手だって分ってるけど、これも僕たちのお仕事だからさ。
 ……ごめんね?」
「いや、受け取るぐらいは構わない」
「いつもありがとう」
真由がにぱっと笑った。
帝の手が自然に真由の頭の上に伸びる。
1歳年下の帝に頭を撫ぜられて真由は嬉しそうだ。
「帝ちゃん帝ちゃん!」
「なんだ?」
「僕もね、帝ちゃん、大好きだよ!」
突然の真由からの告白に帝は混乱し硬直した。
そんな帝を置いて、
「あ、そろそろバイトに行かなきゃ!」
と真由は去って行ったのである。







真咲は皇を探すため、校内を走りまわっていた。
皇は帝とは違い、部活には入っていない。
靴箱に靴があるから、校内にいるのは分っている。
図書館の司書室で司書の年齢のいったお姉さんと雑談をしているか、
保健室でベットの上に座りながら人気の高い保健室のお姉さんと
妖しい会話を楽しんでいるか……とにかく、女のあるところ、皇ありである。
案の定、皇は、1年坊主の癖に、3年教室前で、
メイクで目やツヤツヤの唇を強調した華やかなお姉様団に囲まれていた。
その様子を3年お兄様方は実に羨ましそうに見ている。

探し回った疲れが一気にどっと来た。
(平常心よ、あたし!)
心の乱れはペースの乱れ。
そんな状態ではヤツにいいようにされてしまう。
真咲は呼吸と心の準備を整えた。
真咲が声を掛けるより先に皇が真咲に気づいた。
3年のお姉様方に一声掛けてその輪を抜けると、真咲の下へやってくる。
真咲は最近頻繁に味わっている、「調子に乗らないでよね!」という感じの
痛い視線を受け流した。

「ちょっと来てくれる?」
「告白ですか? ……照れますね」
告白ぐらいで照れるような可愛げのある男ではないくせに!
真咲は皇を睨みつけた。
「怖いですね……はい」
皇は真咲に手を差し出した。
「何?」
「どこへでも連れて行って下さい。あなたのいるところが私のいるところです。
 それが恋の業火の中だとしても………ということで、はい」
キャーーー、うおぉぉーー、と言った歓声が上がる。
真咲は米神を揉み解した。
(平常心、平常心)
……………。
「何がしたいのかはっきり言ってくれる? 
 あたしはあんたのために優秀な脳細胞を1ミクロンたりとも使いたくないの!」
「どうせなら、手を繋いで連れて行ってください、ってことです。
 それ以外は動きませんよ」
真咲は皇のYシャツからネクタイを抜いた。
そして、皇の手首に巻きつける。
「さ、行くわよ!」
「………こんな趣味持ってるんですね。新たな一面発見です………」
思いも寄らない行動に、マジマジと自分の腕を縛るネクタイを見つめる皇。
「うるさい! あたしは時間がないの! さっさと来なさいってば!!」
真咲は無言でそのネクタイを引っ張って人がいない手近な教室に引っ張り込んだ。
「大胆ですね」
「さっさと用件を終らせたいから黙って!」
「黙らせてください」
皇はにっこりと笑う。
「………あなたの唇でv」
「こぉんのぉぉ! 黙らんかガキィ!
 こっちが大人しくしてたらいい気になってよぉ!!?」
「真咲さん、何かが剥がれ落ちてますよ?」
「げっ……あらやだ、皇くんってばぁ〜」
真咲は体をくねらせてふふ、と微笑んだ。
「いやぁー、何が取り憑いたのかとびっくりしましたよ。
 昨日は極道物語でも見たんですか?……生の」
「ビデオで『極道の女』を見たの」

狗井真咲、狗井真由。
狗井といえば、関東で一、二を争うヤクザ連合、
昇竜会の親玉の下っ端のそのまた下っ端の狗井組である。
下っ端とは言え、都心から離れた場所にある小さな一軒家が住居兼事務所とは言え、
人相悪いお兄さんが3人出入りしている、立派な組だ。
組の維持費は3人の組員の日雇いバイトのお給料と、
父が近所の住民達を相手行っているトラブル相談対応のお礼金、
双子達のアルバイト料から出ている。
そう儲けている方ではないのに、親玉への上納金を支払わなきゃいけないので、
かなりの貧乏一家だ。
いっそうのこと、やめてしまえばいいと思うが、
代々続いたものを父の代で終らせるのは偲びなく、
また、他のヤクザ者から近所の人達を守るためにもなくなるわけにはいかない。
ちなみに、学校の人達にはヤクザ者であることは内緒だ。
不本意ながら、本当に不本意ながら、この目の前の男にはバレてしまい、
ちょっかいを掛けられるようになってしまったが……。

「三院皇、さぁ受け取りなさい!」
「いいですよ。ちゃんと『皇くん、好き!受け取って』って言ってくれたらね」
「だーかーら……調子に乗ってるんじゃねーぞ、このガキィ!?」
真咲は皇のYシャツの襟を捻った。
「いいんですか? こうしているうちに時間が過ぎていきますよ」
皇は教室にかかっている時計を指差した。
あと15分弱で5時になろうとしている。
「ぎゃー! 5時に電車に乗らなきゃ間に合わないのに!
 『皇くん、好き、受け取って』はい、受け取ってね!」
「愛がこもってないですねー」
皇は3通のラブレターを受け取った。
真咲はもう駆け出していた。
皇は声を殺して笑った。

「また来て下さいね。俺の台風娘」
皇は愛しげにラブレターに口付けた。



運動神経抜群で、頭脳明晰、品性とは言えないが、またそこが女の子のツボ。
いつも花や蝶如しの美女候補に囲まれている皇だが、特別な存在はいない。
告白しても「ありがとう」の言葉で扉は閉じられてしまう。
ただ、真咲へ手紙を渡して告白した者に関しては、
「ありがとう」にプラスして優しい抱擁が付け加えられるという……。



これらゆえに、大繁盛な便利屋真咲&真由なのであった。





真咲は校舎の階段を駆け下り、100メートル13秒弱の足で校門を走りぬけようとしていた。
真由は武道場の裏庭を抜け、同じく100メートル13秒弱の足で校門を目指す。
校内地図では、校舎は左寄りのところにあり、武道場や運動施設は右よりのところにある。
二人はスピードを落とさなかった。
お互いに気づくのが遅れたのだ。


「「いったぁーーー!!!」」



同時に双子は起き上がった。
布団の上で。


「「あれ?」」
双子は互いに顔を合わせ首を傾げる。
「真由、早いじゃない。おはよう」
「真咲ちゃん、おはよー。なんか起きちゃったよぉ」
「あたしも」
時計を見て、真咲は顔を顰めた。
「いつもの起床時間より30分は早いわ……」
「僕ね」
「変な夢を見た?」
「うん」
「あたしもよ。なんだか変な夢。
 あたしがあたしじゃなくて、真由が真由じゃないみたいな」
「帝ちゃんも出たよ」
「狐男も出たわ……」
二人同時に首を傾げた。
「真由、どんな夢だか覚えてる?」
「ううん。真咲ちゃんは?」
「真由とあたし、それから狐が出たのは覚えているけど、それ以外は全然」
「僕もだよ。
 真咲ちゃんと僕、帝ちゃんがいたのは分るんだけど……きっと楽しい夢だと思うな。
 なんだか、笑い出したい気分なんだ」
真由が言った。
「そうね、不思議な気持ちが残るけど、悪くないわね」
真咲は起き上がりカーテンを上げた。
空は薄暗い。
もうすぐ夜が明けるだろう。
「夢は終わり。さ、せっかく時間あるんだから修行するわよ」
「ラジャー、マサキちゃんキャプテン!」
真由がいつもよりもすばやい動きで起き上がって準備する。
真咲はお味噌汁だけでも先に作っておこうと鍋に火を掛けた。

「ねぇ、真由」
「なぁに、真咲ちゃん?」
「自分が自分じゃなかったらって思うことある?」
「ふぇ? 僕が僕じゃなかったら……? 意味が分らないよ」
「例えば、戌井真由は力を持っていて、それに伴う宿命を持ってるわ。
それがない自分を想像できる?」
真由は首を振った。
「そうね、あたしもよ」
こんな力なければいいと思いながらも、平凡に暮らしたいと思いながらも、
普通の自分を想像できないの、と真咲は微笑した。
その微笑は苦さを含んでいた。

真由が口を開いた。

「いつか夜は明けるよ」




この世とは別の世界に、この世と似て非なる世界が複数存在するという。
人類ではなく恐竜が栄えている世界、他の生物が地上を闊歩している世界、
同じように人間が世を支配している世界。

人によって支配されている世界の中には、
まったく違う人生を歩んでいる自分がいるという。


 

 

はい、夢オチ、パラレルオチです。
ちょいやりたい放題やってしまいました……。
初めは貧乏だけど普通の家の子、という設定で書いていたんですが、
やっぱり双子は双子ということで平凡にはなりませんでした……。

祈月さま、リクエストありがとうございました!



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