双子物語@







「………お前さん、野菜、しなびれてない?」
「今朝仕入れたばかりの野菜だぞ?」

鉢巻を巻いた小父さんが一つ一つの野菜を手に取り、確認する。
まだ午後3時を過ぎたばかりだというのに、ほうれん草と小松菜は葉の先っちょが黒ずんで、
レタスは萎びれ、ナスやきゅうりは少し柔らかくなっている。

「仕入れた時はいい野菜だったんだけどなぁ………」
「そういえば……2、3日前から、野菜の調子が悪いなぁと思ってたのよ。
 色の照り具合や張り具合がイマイチじゃない? 瘴気にでも当てられてるのかねぇ」
「あー、今日は店じまいだな。こんな野菜を客に売るわけにはいかねぇし! 大損害だ……」
「あの二人を呼んだ方がいいわねぇ……」

小父さんは、買い物客がごった返す前に店を閉め、萎びれた野菜を処分した。
小母さんはレジの脇に置いてある小さな鈴を3回鳴らした。
そして、溜息を付きながら、損害額を計算しながら、同じく野菜を片すのだった。






八百屋がある商店街から、駅を挟んで反対側。
雑居ビルの1階には花が溢れている。

3月の花屋は彩り豊かで、つい、「ange」と書かれたクリーム色のエプロンを着た少女は、
軽いハミングで歌い出す。
花びらや葉の色味がいっそう艶やかになる。
通りがかる人は足を止め、気持ちよさそうな少女に歌う少女に魅入る。
時間にして2、3分の短い時間だったが、少女が口を閉じる頃には、数十人の人だかりができていた。
その様子に店長が苦笑する。

「あの中には急いでいる人もいるんじゃないかしら………」

少女は大きな拍手を受け、満面の笑顔を見せている。
その笑顔は他の人へと伝染していく。

「家にお花でも買って行こうかしら」

主婦が店の中へと入る。
次から次へと客が入ってくる。
店は一気に大忙しだ。

「ありがとうございます! また来てね〜」

少女に大きく手を振られながら、客は大小さまざまな花束を手に嬉しそうに帰って行く。

「真由ちゃん様様だわ」

店長の口元からも、笑いが零れた。
尚、この花屋から買った花は、非常に長持ちすると評判がよい。
ふと、お会計をする少女の手が止まった。




その花屋さんの向かいにある喫茶店。
そこに、歌う少女、真由とまったく同じ顔をした少女がいた。
真由の一卵性双子の片割れ、真咲である。
真由はショートカット、真咲は肩にかかるぐらいの髪の長さをしているが、それ以外にも、
性格の違いから滲み出る雰囲気により、容易く見分けることができる。

ベルの音に、真咲はドアの方へ顔を向けた。

「はぁい♪」

片手を挙げ、にかっと笑うのは、向かいのビルにある小さな探偵事務所の所長である波賀誠だ。
この喫茶店の常連である。

「いらっしゃい」

ココア一杯で何時間も粘る男でも、客は客である。
真咲は義務的な笑みを向けた。

「………マスター、やっぱりウェイトレスに制服は必要だよー。
 ジーンズにデニムのエプロンなんて花がなさ過ぎだって!
 ウェストがきゅっ、ひらひらのスカート、もち、スカートは膝上5センチぐらいでぇ、 
 猫耳のカチューシャに、いらっしゃいませ……」
「黙れ変態!」

真咲は腕をしならせて、自分より頭一つ以上高い誠の頭を殴った。

「いてぇ!」
「自業自得だ」

男なのにやたら美人な年齢不詳のマスターは磨かれた包丁を、カウンター越しに誠へ向けた。

「す、すみません、僕ちんが悪かったです!」
「注文はいつものでいい?」
「おう、よろしくー」

誠は窓側の席へ腰かけた。

「おーおー、真咲ちゃんの双子の片割れ、えらいことになってるぞー」

同じく窓側へ目を向けると、花屋に人の輪ができていた。
その中心には真由がいる。

「も……真由ったら………」

真由が歌っていることはすぐ分った。
真由の歌声には力がある。
人を惹きつける、いや、人外の存在までも魅了する力が。

真咲の目には、一般人と別のモノが見えていた。

キラキラと光る、一般に言う、精霊と呼ばれる存在が集まりだし、真由の回りを舞っている。
精霊達は植物や周囲にいる人達へも触れ、とても楽しそうだ。
重たそうなビジネスカバンを持った男から、肩を丸くしていた主婦から、黒い気が剥がれ落ち空へ消える。 
暫くして、ショーは終わり、人だかりが崩れる。
ほとんどの者が手に花束を持って店を出て行った。

(……お金が尽きても真由を道に立たして歌わせておけば生きていけそうね)

マスターがチン、とベルを鳴らした。
その音と重なるように、頭の中で鈴が聞こえた。

「真咲ちゃん?」
「あ、ごめんなさい」

真咲は我に返り、カウンターへ行き、ココアと注文を受けていないサンドイッチを取りに行った。






次へ



Home   Novel



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送