臆病者の恋物語









卒業……したくないな。
このまま三月なんて来なければいいと思う。
だけど、三年生になってから受験までがあっという間だったんだから、卒業式までの二ヶ月なんて、
あっとさえ言えないぐらいしかないんだよ、きっと。
「ナナ、うるさい」
「ふぇ?わたし、何か言ってた?」
「溜息がうるさいの」
私の目の前でパンをほうばっている麻紀ちゃんが綺麗に整えられた眉を八の字にして私を睨んだ。
………こんな風に机を向き合わせて麻紀ちゃんとご飯を食べるのももうすぐ無くなっちゃうんだよね。
寂しいなぁ………あ、泣きそう。
「ふぎゃ」
麻紀ちゃんに思いっ切り頬っぺを抓られて、別の意味で涙が出た。
「溜息一回に頬っぺ一捻りね」
「……酷い」
「うざい。だいたいそんな溜息を付くぐらいならさっさと告白しちゃえばいいのよ!」
「ちょっ、麻紀ちゃん何を言うのよ!」
「さっきから誰を見ながら溜息ついているのか、この麻紀様が分らないと思い?」
「うっ………」
そんなに私の態度分りやすいかなぁ。
ついきょろきょろと周りを見渡してしまう私。
他の人に感づかれていたらどうしよう………。
「なんてね、嘘よ。ナナのことだからきっとそうだろうなって思っただけよ。
んで、このままでいいの? 
来年の今頃にも溜息をついてそうだよね〜」
う〜、否定できないよぉ。
「だいたい、ナナは4月から女子高なんだからたださえも出会いがないのに、
 その上ウジウジしていたら彼氏なんてできないよ」
「どうせウジウジしてるもん………」
麻紀ちゃんにはわかんないよ。
麻紀ちゃんは美人さんで頭も良くてスポーツ万能で、
その上性格も明るくて物怖じしないし………私も麻紀ちゃんみたいだったらなぁって思う。
正直、そんな麻紀ちゃんの側にいると、コンプレックスを感じることがある。
でも…………。
「何よ?」
「麻紀ちゃん大好き〜」
にへら〜って思うと、今度は麻紀ちゃんが溜息を吐いた。
「はいはい。あたしに告白してどうすんのよ」
「だってぇ………」
「だってじゃないの! 
ナナさ、ウジウジした自分嫌いって言うじゃん。その割には何も行動しようとしないよね?」
麻紀ちゃんきつい………。
でも、麻紀ちゃんが言うことは間違ったことじゃない。
「このままじゃ何も変わらないよ。ナナはうじうじ悩んでいるだけの自分でいいと思う?」
私は口を開くことできず、首を横に振った。
そんな私の様子に、麻紀ちゃんは少し表情を緩めてくれた。
「だいたい振られたっていいじゃない。4月からは違う学校に行くんだし、顔を合わすことなんてないよ。
 そーだ、頑張ったら、ケーキバイキングを奢ってあげる! プリンセスホテルのケーキバイキング、
 前雑誌で見て行きたいって言っていたじゃん!」
「ほんと!?」
「甘いもの食べてカラオケでパーって盛り上がろう!」
「うんうん」
「頑張れる?」
「うん、頑張るー」
「ってわけで、頑張ってチョコ渡しなね」
「チョコ?」
「今何月でしょう?」
2月ー」
2月にあるイベントと言えば?」
「節分?」
「このボケ娘がぁ! バレンタインでしょ、バレンタイン! チョコレートを渡して告白する日!」
あ、とポンと手を打つ私。
チョコレートかぁ………。
ちらっとあの人を見つめる。
最近、昼休み教室にいることが多くて、いっぱい見れて嬉しい。
あ………。
一瞬目があっただけで、自分の顔が真っ赤になったのが分った。




小麦粉、ベーキングパウダー、バター、お砂糖にチョコレート。
材料を睨み、気合いを入れる。
「よし!」
バレンタインまであと十日。
初のクッキー作りに挑戦。
自分でも無謀かなぁって思うけど、やるならとことんやりたいもん!
「んっと〜」
本の内容を口にしながら、一つ一つの作業を慎重にこなしていく。
「混ぜる、と」
粉を混ぜ合わせて生地を作るだけでも結構時間かかっている気がするよぉ。
そうしているうちにタクが帰って来た。
タクは弟で、弟のくせにすごく生意気なの。
今日部活休みの日だったのかぁ。
うう、あいつのことだから絶対からかってくるよ。
「ナナ、何やってんの?」
「見てわかるでしょ、クッキー作ってるの!気が散るからあっち行って」
「見てわからないから聞いたんだろ。台所で粘土をこねて遊んでいるのかと思ったぜ」
「そんなわけないでしょ!」
「てか、なんで急にクッキーを作ろうとしてるんだよ」
タクは目ざとく(?)すぐ側にある溶けたチョコレートが入ったボールに気づいた。
「バレンタインだから手作りに挑戦ってやつ?やめなって、流行らないから」
「うーるーさーいっ!もータクは出て行って!」
タクを無理矢理台所から押し出そうとしたら、肘をチョコレートが入っているボールに当ててしまい………。
「いやぁ〜〜〜!!!」
水玉模様のエプロンにも床にもチョコレートがべったり。
「俺、知んねぇ〜」
こういう時だけ行動が早いんだから!
タクはさっさと逃げていった。
………最悪。前途多難ってまさにこういうこと?






「おはよ、麻紀ちゃん」
「おはよ……って、何よ、そのばんそうこは!」
「あのね、クッキーがこげちゃって取り出そうとしたらこうなったの」
あたしの両手親指人差し指中指にはぷーさんのばんそうこが巻かれている。
「クッキー? もしかして、バレンタインのため………?」
口に出すのはなんだか恥ずかしくて、コクン、と頷く。
「なんでそんなむぼーなことを……」
麻紀ちゃんは私がとてもぶきっちょなことを知っている。

でも、
「むぼーじゃないもん。頑張ればどうにかなるもん!」
「ナナはいい子だねぇーよしよし」
むっ……なんかそれって子供扱い??
「春野、村瀬、おはよ」
あ……。
その声の持ち主は風のように、のんびりおしゃべりして歩く私達を追い越して行った。
「ま、麻紀ちゃん………」
「どんまーい」
春野は私の名字、村瀬は麻紀ちゃんの名字だ。
今の人は、八津太陽君。
…………私の好きな人。
「おはよーって言いたかった………」
太陽君は、クラスのムードメーカでいつもみんなの中心で笑っている。
その端っこで太陽君を見ているだけの私はほとんど太陽君と話したことはない。
その話したことも、「あ」「その」「あの」「うん」、みたいな会話にならないことばかり。
やっぱり、告白なんて無理かも。
やけどした指先がジクジク痛い………。



***   ***   ***   ***   ***   ***

八重歯がちらっと覗く笑顔、男の人に対して、初めてかわいいって思いました。
クラスの女子の間でいじめがあった時、あなた一人、「くだらないことやんなよ」って怒っていましたね。
私はいやだなって思ったけど、怖くて何もすることができなかった。
そんな自分が嫌で、すごくあなたの強さに憧れました。
私はあなたが好きです。

***   ***   ***   ***   ***   ***


クッキーは無事完成。
私の手はボロボロ。
タクにからかわれながら、麻紀ちゃんに教えてもらいながら、どうにかおいしいと思えるクッキーが焼けた。
ピンクの袋でラッピングして完成。
太陽君はクッキーが好き。
前に、クラスの女の子が太陽君にクッキーをあげた時、
「俺、クッキー好きなんだよね」って言っていたのを聞いたの。
あの時、笑顔を向けられた女の子がすごく羨ましかった。
あー、ドキドキする。
昨日の夜は眠れなくて、おかげで早くに学校に着いちゃった。
クッキーは机の中で待機中。
バレンタインデーってすごいなぁ。
みんな浮き立っているように見える。
それって、私がそうだから、ってわけじゃないよね?
教室はざわめいていて、でも、それよりも私の心臓はもっとうるさい。
ずっとこの調子じゃ疲れちゃうよ〜。
机にへばりついていると、麻紀ちゃんが登校して来た。
「おはよ、ナナ。早いね。準備はばっちり?」
「麻紀ちゃん! お、おはよ。ね、どーやって渡したらいい?
 やっぱり呼び出さなきゃだめかなぁ………何でもいいから一人になってくれないかなぁ」
「ちょっと落ち着きなって! はい、深呼吸」
麻紀ちゃんに言われて深呼吸してみるんだけど、
「だめぇ、息が上手く吸えないよぉ〜」
「だめだ、重症だわ………」
これが一日続くなんてう〜。
よしよし、と麻紀ちゃんに頭をなぜてもらいながら、気分を落ち着けようとしたけど無理!
受験の時だってこんなに緊張しなかった気がする。
どうしよぉ。せっかく早めに来たんだから靴箱に入れて置けばよかったよ。
麻紀ちゃんはそれじゃ意味ないって言うけど、つ、付き合いたいなんてたいそれたこと考えていないし。
ただ受け取って食べてもらえればいいんだもん。
ふぅと溜息ついたタイミングで教室のドアが開いた。
「ちぃーす」
ドクン、トトトと心臓の音がさらに早くうるさくなった。
「太陽やるじゃん。登校してすぐに二個ゲットかよ」
ちらっと見ると、太陽君は小さいものと中ぐらいの箱を抱えていた。
「ナナ〜、ライバル多いぞ〜」
「ううー」
麻紀ちゃんのいじわる。
「太陽、これあげる〜」
「はーい、あたしもー。結構高いやつなんだから大切に食べなよね!」
クラスの女の子達が太陽君にチョコレートを渡そうとする。
太陽君と普段から仲がいい藤井さんももちろん渡してる。
あの二人、付き合ってるのかなぁ。
私も紛れて渡し………無理だよぉ。
「ナナ、どうすんの?」
「麻紀ちゃん、食べる?味見したけどおいしかったよ………痛いっ!」
麻紀ちゃん、手加減してよ。麻紀ちゃんのでこぴん痛いんだからね!

「わりぃ、いらねー。 ………俺、本命以外からチョコレートもらわないから」


え……………?

太陽君はクラスの女の子からのチョコレートを断わって、手に持っていたチョコレートを返しに行ってしまった。 
あんなにドキドキしていた心臓は急に静かになった。
なのに、さっきよりも苦しいよぉ………。



太陽君が本命しかチョコレートを貰わないって宣言したことは、すぐに他のクラスにも伝わった。
だけど、同級生や下級生からも呼び出しが続き、
太陽君は休み時間になるとすぐ誰かに連れて行かれてしまっていて、
それをぼんやり見つめているうちに放課後になってしまった。
とにかく渡しちゃえって、靴箱とか机の中に入れようかって思ったけど………入れた後、どうなるのかな?
他の人が食べちゃうのかな?
それとも捨てられちゃう?
結局、クッキーはカバンに入れたまま、いつも一緒に帰っている麻紀ちゃんに謝って、一人でお家に帰る。
一口サイズのクッキーが10枚ちょっと入っているだけなのに、いつもよりもカバンが重い。
このクッキーどうしよう。
タクにあげようかなぁ………。
……………すっごい頑張ったんだけどなぁ。
クッキーが焦げてしまったこと、火傷したこと、その次焼いた時は半生になってしまったこと、
オレンジピールを刻んで指を切ってしまったこと。
そんなことを思い出していると涙が止まらなくなった。
もうクッキーなんて作らない………!
このクッキーを家に持って帰りたくなくて、家に帰る途中にある公園に行って食べることにした。
今年は暖冬っていうけど、やっぱり夕方になると寒くて、犬を散歩している人がいるぐらい。
なんでこんなに悲しいんだろう。
太陽君に本命の女の子がいたから?
チョコレートを渡せなかったから?
ちゃんと面と向ってチョコレートを渡して振られたら、この気持ち、違っていたのかなぁ。
やっぱり嫌い……大嫌い………。
意気地なしの自分なんて嫌いだよぉ……………。
気がつくと空は真っ暗になっていて、寒くて体が震えてしまう。
涙はとりあえずは止まったみたい。
クッキーはラッピングのリボンすらほどいていなかった。
………もったいないけど、捨てちゃおうかなぁ。
食べる気になれないもん。
でもやっぱり、捨てることはできなくて、自分で食べるのも、誰かにあげちゃうのも嫌で、
途方にくれてしまう。
「なぁ……それ、食べないんだったら俺にちょうだい?」
「? …………っ!!!」
な、なんで太陽君がいるの?!
本物!?
痛い……手の甲を抓ってみたらやっぱり痛い。
夢じゃない………。
「寺越の家がこの近くでさ、遊びに行ってたんだよ」
あ、そっかぁ。
寺越君の家に遊びに行ってたんだね。
寺越君は麻紀ちゃんの幼馴染で、家も麻紀ちゃんの家と隣同士にあるんだよ。

「すっげぇ今、腹減っていてさぁ……。だめ?」
「いいの………?」
差し出すと、太陽君は、
「おっ、ラッキー。俺、クッキー好きなんだよね」
とあの時と同じ笑顔を向けて、クッキーを口に放り込んで言った。
「うまいっ!」
「ふぇ……っ」
「春野?!」
太陽君、ごめんなさい。
困っているの分っているけど、涙が止まらない。
すごくすごく嬉しいよぉ。
どうにかして涙を止めようとしたけど、自分で止められるんだったら、泣き虫になんてなってない。
変な子だなって、呆れているよ、きっと。
いやだなぁ………。
「ちょっと待ってな」
太陽君はそのまま、どっかに行ったかと思ったら、すぐに息を切らして戻ってきた。
「ココア、平気? これ、お礼な」
「っ好き………。あり……っがと…………っ」
しゃっくりで上手く話せない。
太陽君はわざわざ、缶を開けて渡してくれた。
優しいよぉー。
もっと好きになって困るよぉ………。
一口飲んで、二口飲んで、体が温まって心が温まって、しゃっくりが止まった。
「ありがと………」
もう一度お礼を言った。
頑張れ、奈菜美! こんなチャンスはもう二度とないんだから。
「あ、あのね……」
太陽君が私の方も向く。
「す、す………好きな人からチョコレートもらえた?」
あぁぁ、私のばかぁ〜!
「………もらえた」
「よ、よかったね」
ちゃんと笑えたかなぁ?
告白はできなかったけど、心からそう思えたよ。

そんな自分を少しだけ、少しだけ好きになれた。

 

 

太陽君、あなたを好きになってよかったよ!



男の子視点



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