ヘタレ男の恋物語








三年A組は、野郎どもから楽園って呼ばれている。
と言っても、購買に近いわけじゃないし、数学だって西原が担当だ。
西原っちゅー奴は口うるさいし課題が多いし贔屓野郎だし、本当にやな奴なんだぜ。
って、西原のことなんてどうでもよくて……三年A組が楽園と呼ばれるわけ、それは非常に簡単だ。
クラスの女子のレベルがめっちゃめちゃ高いんだ。
元テニス部の藤井はアイドルグループのエブリシィングのミキちゃんに似ているって評判だし、
元吹奏部の相原はぶりっこキャラだけどそれが(野郎には)許されるほど可愛い。
学校で一番の美人って言われてる村瀬もこのクラスだし、それからなんといっても……春野がいる。
クラス発表の日、このクラスの掲示板の前で野郎どもはみんなガッツポーズを取ったらしい。
オレ?オレも、その一人。
ガッツポーズどころが、思わず隣の奴に抱き付きそうになったぜ。
どいつがライバルかわからないから、やらなかったけどな。

そう、オレは今、恋をしている。
改めて(心の中で)呟くと照れ臭いけど、あの子が好きで、超せつねぇ。
こっち見て、とはしゃいだり、うるさかったかなと反省したり、
毎日ハイテンション、ジェットコースター状態で、よく受験に受かったよな、って自分でもびっくりだぜ。


………でも、そんな日々ももうすぐ終わる。
一ヶ月半で卒業。

あの子は女子高(ぜってぇ可愛い!制服姿見てぇよ!)、オレはバスケ推薦で決まった公立高へ進学する。
あの子を見れなくなる、声を聞くことができなくなる、
このまま時間なんて止まっちゃえばいいのに……なんて、俺可愛いくねぇ?

そこらの乙女に負けない健気さだよ。

………そこ、引くなぁ!!!







あの子の存在を初めて認識した日のことを、今でもしっかりと覚えてる。


入学式は10時から開始で、新入生はその前に掲示板で自分のクラスを確認しなければならなかった。
まず始めにしたことは、同じ小学校の奴、特に仲がいい奴が一緒のクラスかってことだった。
ほとんどの奴とは離れちまったけど、親友の寺越とは一緒だったから、まっいいかって感じ。
例え知り合いがいなかったとしても友達になっていけばいいだけだしな。
友達百人作ろうぜ、と心の中で歌っていたら、「どうしよう」と今にも泣き出しそうな声が聞こえた。

何気なく隣を見て、めちゃんこびっくりした。
その子があまりにもかわいかったから。
顔は小いせぇし、目は大きくて(しかも潤んでいる!)、睫毛もバシバシ生えていて、
少し開かれた唇はリップを塗っているのかピンク色でツヤツヤしていて、
髪も目も黒というより自然な茶色で………まるで妹が持っているリカちゃん人形だ。
こんな人間がいるんだ、とオレは失礼なぐらいマジマジとその子を見ていた。

その子は一心に掲示板を見ていてオレの視線に気付いていない。
「麻紀ちゃん」
その子は、その子を挟んでオレの反対側に立っている女の子へ視線を移した。
その子の友達もめちゃんこ美人で(タイプは違うけど類は友を呼ぶってほんとなんだな)、
オレが見ていることに気付いていたらしく、俺を睨んでいた。

気まずく思いながらも、俺は友達を探してるフリをしてその子達から視線を外した。
だけどバリバリ耳は二人の会話を拾っていて、
「麻紀ちゃんがいないよぉ」
「だから言ったでしょ、あたしはB組、ナナはA組。体育は一緒なんだからいいじゃない」

A組ってことはやった、同じクラスだ。

隣で女の子は今にも泣きそうだというのに、オレは喜んでいた。
そりゃ、クラスにかわいい子がいた方が毎日の楽しみがあるしな。

「麻紀ちゃん冷たい」
「そんなこと言っても仕方ないでしょ。昼休みに遊びに行くから」

ナナ、ナナ、オレはダチを探すより熱心にその子の名前を探した。
いた、これだ!

春野奈菜美、名前まで可愛い。


それが、今のオレが好きな子の名前だ。



一目惚れって言っちゃそうだけど、その時は可愛いな、って、
言うならアイドルを眺めているような気持ちだった。

春野は内気で大人しい性格をしていて、いつも俯いていた。
大声を出すことなんてなくて、でも、英語の発音はとても綺麗だった。
人見知りしないし誰とでも気にせずバカ話ができるオレだけど、彼女に対しては勝手が違った。
「おはよう」「バイバイ」ってゆーのが精一杯だ。

オレがよく見ていたのは彼女の細くて白い首筋、
よく聞いたのはオレ以外の誰かに向かって受け答えする小さな声。

ろくに言葉を交わさないうちに一年はあっという間に終わった。
二年はクラスが離れてしまった。
………途端になんてゆーか、毎日が、楽しいは楽しいんだけど物足りなってさ。

廊下ですれ違うと、オッシャー、今日はツイている、っていうノリで。
そんな感じで薄々は気づいていたんだけど、はっきり気づかされたのはあの時だよなぁ。
部活の奴らとめぼしい女の子について話していた時。
春野の名前が出てきた瞬間、頭をガツーンと殴られたようなショックを受けた。
春野はいつも俯いてるし、すぐ側には美人な村瀬がいるから、
オレだけがあの可愛さを知っている、って思っていたんだよな。

俺が気づいたんだから他にも気づく奴らがいてもおかしくないのに、
俺はそんなことちっとも気づいていなくて、密かに優越感を感じていたんだよ。

それが一瞬で消えて、変わってやってきたのは、
胃がムカムカするというか胸が焼けるというか、焦燥感。

俺は春野のことが好きなんだ、って、その時ようやくはっきりと自覚したんだ。

それから、何が変わったかと言うと、何も変わっていない。
三年生になり同じクラスになって、1週間前から神様にお祈りしていたのに一度も隣の席になれねぇし、
春野と同じ委員会になろうとしたけどジャンケンで負けるし、
春野が当番でクラス全員分のノートを職員室へ提出に行く時に手伝おうとしたけど、
他の野郎がしゃしゃり出てきやがるし。
……春野に近づこうとした奴らの思惑が叶うことはなかったからよかったけどさ。

そんな状態で、もうすぐ春野と出会って3年が経とうとしている。
いや、会ったのは入学式だから、3年経たずにお別れすることになる。
2月の風は冷たくて、でも、心の中の真冬よりは辛くない。


 

 

 

このまま卒業するんだよなぁー、と半分諦めモードで、侘しさと寂しさと切なさを感じていたんだけど……。

 

 

昼時間、村瀬と春野がおしゃべりをしていた。
村瀬と話す時だけ、春野の声は少し大きくなる。
「麻紀ちゃん大好き〜」
羨ましいぜ、村瀬!
はぁ、俺も女の子に生まれてきたら………うげぇきもっ。
思わずセーラー服を着てる自分を想像して鳥肌を立てる。
「はいはい。あたしに告白してどうすんのよ」
「だってぇ………」
「だってじゃないの!」

聞き耳立てるつもりはないんだけど、ついつい耳が話し声を拾ってしまう。
うん、長年の習慣だな。

………春野にはどうやら好きな人がいるらしい。
どこのどいつだよ、その幸運なヤツは!
いっぺん死んで来いっ!

「だいたい振られたっていいじゃない。4月からは違う学校に行くんだし、顔を合わすことなんてないよ。
 そーだ、頑張ったら、ケーキバイキングを奢ってあげる!
 プリンセスホテルのケーキバイキング、前雑誌で見て行きたいって言っていたじゃん!」

俺に言ってくれたら連れて行くのにさぁ……。
あ、やべぇ、目が合った。
俺は慌てて視線を逸らす。
「うん、頑張る。バレンタインにチョコ渡す!」
春野がそう言った。

「麻紀、ナーイス!」
会話に聞き耳立てていたのは俺だけじゃなかった。
俺の向かいでパンを感じていたヤツは牛乳を飲み干し、にんまりと笑った。
垂れ目で優男感のあるこいつは、寺越哲司。
一番、油断がならないヤツ。
村瀬の幼馴染でその繋がりによって、異性では春野と多く会話をしていると思われる羨ましいヤツだ。
………ってか、てめー、牛乳飲んでんじゃねーよ!
185センチある癖に身長伸ばそうとするなんて地獄に落ちるべ。

「楽しみだねー、たいよー君」
馬鹿っぽい癖に頭がいいこいつは、
俺が何にも言っていないのに勝手に俺の気持ちを察しやがった嫌なヤツだ。

「何がだよ?」
「奈菜美ちゃんのバレンタインチョコ。誰がもらえるのかねぇ〜」
てめぇ、呼び捨てにしてんじゃねーよ!
俺は腹いせに哲司がデザートに残しておいたクリームパンを平らげた。
 

 

 

春野は女の子っぽくて料理が得意そうなのに、意外にも不器用みたいだった。
日に日に指に腕に絆創膏が増えていく。
心配しているうちにバレンタインになった。




 

自分でも言うのはなんだけど、俺は結構モテる。
学校に来て早速、チョコレート2個をゲットした。
いつもはガッツポーズで喜ぶ俺だけど、今回は、溜息。
下駄箱に入っていたヤツだけど、名前が書いてあってよかったぜ。

「ちぃーす」
教室のドアを開ける時、緊張して手が汗ばんだ。

春野は自分の席で村瀬と向かい合って何かを話している。
その内容が気になってしょうがない。

「太陽、これあげる〜」
「はーい、あたしもー。結構高いやつなんだから大切に食べなよね!」

クラスの女子がチョコレートを差し出してきた。
ダース、とか思いっきり義理チョコです!というものもあればちゃんとラッピングされているものもある。
「はい、太陽。ホワイトデー期待してるよん」
女子の仲では一番仲がいい藤井が恐ろしいことを言う。
いつもなら、俺モッテモテなんて軽口叩きながら受け取るけど、今回は、
「わりぃ、いらねー」

だって、春野がチョコを用意するって言うから決めたんだ。

「俺、本命以外からチョコレートもらわないから」


他の奴らが目をパチクリさせている。
春野も大きな目をさらに大きく開いて、今にも目が零れちゃいそうだ。

藤井がキャハハ、と笑った。
「やだ、太陽。今時そんなの流行らないって!」
「うっせーよ! 願掛けてるんだよ!」
あー、恥ずかしいっ!
居たたまれなくなって、俺は教室から逃げて下駄箱に入っていたチョコレートを返しに行った。

教室に戻ってきた俺に哲司が言った。
「お前って、馬鹿だよなー」
「いきなりなんだよ!」
「いやー、馬鹿すぎて可愛いっていうか、哀れんじゃうってゆーか……」
意味不明なことを言う哲司のことは放っておくことにする。

その後、俺の本命宣言は学校中を回ったらしい。
 



 

 

 

………疲れたぜ。
こんなに疲れるバレンタイン初めてだよ!
卒業間近ってこともあり、俺は休み時間のたびに女の子達に呼び出され、告白を受けた。
それに全部ごめんなさい、って断って、泣かれて、問い詰められて……とにかく疲れたぜ。

結局、春野からチョコをもらうことはできなかった。
俺は休み時間中あっちこっちに出かけていたけど、
クラスのヤツから聞いたところによると誰かにあげた気配はなかたらしい。


放課後、村瀬の誘いを断って一人家へ帰る春野の後姿は元気ない。
気になってしまって………つい春野の後をつけてしまう。
って取り繕っても一言にまとめれば、ストーカーだよな………。

春野はふいに公園の入り口のところで足を止めた。
そのままフラフラと中に入り、ベンチの上に座ってゆっくりした動作、
というよりも気が乗らない感じでカバンの中からラッピングされた袋を取り出した。

渡せなかったのか、それともフラレたのか……。

俺は喜んだことを後悔した。

春野はラッピングされた袋を膝に乗せ、それをじっと見つめたまま動かない。
………そんなにそいつのこと好きだったんだ。

恋って上手くいかねーな。
俺だってめちゃくちゃ春野のことを好きだったのに、春野にその気持ちは通じていない。
その春野にも呆然としてしまうぐらい好きな人がいて、
もしかしたらその人も別の誰かを想っているのかもしれない。


春野は、斜め後ろに立つ俺に気づいてくれない。


………なぁ、俺じゃ、だめなのか?

春野の頬に涙が滑っているのが見えた。
春野の華奢な肩が震えていて、それを眺めているうちにあっと言う間に辺りは暗くなった。
春野はそれでも動かない。
寒いのに、ガタガタと体を震わしながらも、ベンチから立ち上がれないでいる。
このままじゃ、風邪引くよな……。

「なぁ……それ、食べないんだったら俺にちょうだい?」
「? …………っ!!!」

春野の体がびくっと跳ね上がった。
久々に春野を正面から見た。
その目に、
「寺越の家がこの近くでさ、遊びに行ってたんだよ」
嘘をついてまで言い訳してしまう。
俺は春野の膝の上の、一番欲しいモノを強請った。
「すっげぇ今、腹減っていてさぁ……。だめ?」
「いいの………?」

春野が差し出してくれたラッピングされた袋を受け取り、リボンを外した。
やり〜、クッキーだ。
「おっ、ラッキー。俺、クッキー好きなんだよね」
笑顔になってしまう。
口に一つ放り込むと、サクサクとよい歯ざわりで、味もバター風味がしっかり効いていておいしい。
「うめぇ〜っ!」
そう言うと、春野は泣き出してしまった。
顔を覆う手、全部の指に絆創膏が貼られている。

………そうだよな、春野はこのクッキーが俺に食べられることを望んでいなかった。
指を怪我させて、頑張って作ったのは好きな人に食べてもらうため。
それに気づいた瞬間、口の中のクッキーが苦く感じた。

それでも俺は10枚のクッキーを味わいながら全部平らげた。
この味は一生忘れられないものになると思う(まずいからじゃないぜ……笑)。

「ちょっと待ってな」
俺は一っ走りして、公園の遊具場にある自動販売機でホットココアを買った。
「ココア、平気? これ、お礼な」
「っ好き………。あり……っがと…………っ」

好き、と言われてドキッとした。
はぁ、俺ってアホだよ、ホント重症。

缶を空け、春野に渡す。
どうかこのぬくもりが君を温めてくれますように。
その隣で、格好つけて買ったブラックコーヒーを飲む。
こんなのちっとも苦くねぇ。

「ありがと………」
向けられた自分への言葉が酷く嬉しい。

切ない切ない切ない。
すぐ隣に彼女はいるのに、その心は遠くて。

好きな人からチョコはもらえた?
と春野は無邪気に聞く。
さっき食べた、って言ったらどんな顔をするんだろうな。
でも、
「………もらえた」
って言葉しか出なかった。
「よ、よかったね」

春野の笑顔は綺麗で可愛くて、息が止まるほど魅力的で
……この子のこと、俺は永遠に忘れられないだろうなぁ………。

 

 


 


あれから、俺達は少しづつ話をするようになった。
春野は俺にいろんな表情を見せてくれるようになった。
笑顔もいいけど、唇を尖らして拗ねる様子も、また格別だった。
失恋したのに、俺は懲りることなく春野を好きになっていく。

ホワイトデー。
俺はこっそり春野を屋上へ呼び出した。
「クッキー、サンキューな」
春野は目をパチクリさせている。
俺は二つお返しを用意していた。
「開けてみて」
春野はまず、四角い箱を開けた。
おしゃれにカットされたビンに入った色とりどりの飴玉。
「きれい……!」
飴玉が好き、というのは村瀬にリサーチ済みだ。
キラキラしていて宝石みたいなところが、好きらしい。
くぅー、可愛いぜ!
それから、もう一つ、小さな袋。
「よ、よかったらつ、つ使ってくれ……」
どもってしまう俺。
ホワイトデーのお返しを買いに行った時に見つけて、春野に似合いそうだなぁってつい買ってしまった。
蝶々とお花のヘアピン。
女の子にそういうアクセサリー系をプレゼントするのは初めてで、緊張してしまう。
春野は何も言ってくれない。
やべぇ、外したか?!
慌てていると、春野が顔を上げた。
目はいつものように潤んでいて……でも、いつもと違う?
俺を睨みつけている?? お、俺、なんかした?!

「す、好きです!」
「へ? あ、よ、よかった、気に入ってもらえて………」
春野は強く首を横に振った。
口を開いては閉じる、という動作を何度も繰り返し、急に俺に飛びついてきた。
「へ?」
間抜けな声を出す俺……。
「……………好き」


天使がラッパを鳴らした瞬間だった。

 

 


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