舌の上の背徳1
教会・T ステンドグラスを通して、春の暖かな日差しが入り込んで来る。 時間は午後3時といったところか。教会の中はしんと静まり返っていた。 「あ、ふぅ」 シスター・クラリスは欠伸をかみ殺し、涙の滲んだ瞳をこすりながら呟く。 「嗚呼、主よ……暇です」 彼女は教会の隅の一角、懺悔室と名づけられた小部屋にもう2時間も座りっぱなしなのだ。 懺悔。 神の前で今までの罪を告白し、悔い改め、改心すること。 自分の罪を悔い、他人に告白すること。 迷える人々の胸の内や苦しみ・罪等を共に分かち合い、 尼僧であるならば、至極当然で重要な職務であることは解ってはいるのだが…。 『あーもうワタクシってとっても罪深いのよ! だ、大丈夫です。一緒にお祈りしましょう、神はきっとお許し下さいます。 『聞いてくださいよ、シスター。ゥイッ、うちの亭主! 大丈夫です。一緒にお祈りしましょう、神はきっとお許し下さいます 『し、シスター。お、俺いけない子なんだよ。 主、主よ…じゃ無くて、警察をー!!! 懺悔室に座るようになって一週間、こんなのばっかりだ。 しかも人が訪れない間もずっと待機していなければならない。 ただでさえ狭い懺悔室はお互いの顔が見えないように 友人のシスター・ロザリアが職務を代わってくれと必死に頼み込んで来たのは こんなことなら、孤児院の寄付金募集のバザーで売る毛糸のコースターを この時間にミサは行われていないし、その人物は同僚のシスターの物では無さそうだ。 引きずるような重い足音、ブーツの、恐らくは男性だろうか…? その人物は何か迷うかの用に教会内をうろついた後、懺悔室の前で止まったようだった。 「どうぞ、お入り下さい」 クラリスが告げると、低い、小さな「失礼します」の言葉と共に、 声から察するに、やはり男性のようだった。 さぁ、今日初めての迷える子羊の来訪である。 「私に、神にすがる…懺悔をする資格など無いのですか構わないのでしょうか」 席に座り、開口一番に男はそう切り出した。随分と謙虚な姿勢である。 男性だし、また下着の色は〜?と切り出されやしないかとビクビクしていたクラリスは 「神は資格等問われません。皆、神の子供であり家族ですからどのような方でも クラリスの答えに男は深く安堵したかの様だった。 「良かった。心配だったのです、私は実は洗礼さえ受けていないものですから 洗礼を受けていない。 生まれて直ぐ、子供がすることと云えば母親のお乳を吸うことと、 もし抵抗力の弱い赤ん坊が洗礼を受ける前に、流行病にでもやられてころりと 周りが熱心なクリスチャンという環境で育ち、尼僧に成る程信仰心の強いクラリスに 「あ、あのっ、すぐに洗礼の準備を整えますっ!」 今にも懺悔室を飛び出して司祭を呼んで来そうなクラリスを、男は静かに制した。 「いえ、構いませんシスター。私は洗礼は受けずに一生を終えるつもりなのです」 「で、でもそれでは貴方の御霊は……」 「ええ。永遠に暗い場所を彷徨う事になるのでしょうね。 まるで全てを悟りきったかのように…あるいは全てを諦めたかのように、 「そんな事はありませんわ!主は全ての罪をお許し下さいますよ?」 「私はそうは思えないのです、シスター。それほどに私のしたことは罪深い…。 聞いて下さいますか?長くなりそうなのですが…とおずおずと尋ねる男に、 「どうぞ、全てをお話下さい」 そう、ただでさえ暇だったのだ。時間はたっぷりとあるし、 洗礼を受けていない生い立ち…そして神さえ許さない罪とは一体何なのだろうか? 「ありがとうございます。何から話して良いのか…」 そして、男は静かに語りだした。
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