ツイてる!? 1





俺、こと秋庭冬夜(アキバトウヤ)はごく普通のサラリーマンとごく普通の主婦と云う
ごく普通な両親の元に産まれ、ごく普通な子供時代を送り、
ごく普通に一人暮らしに憧れを抱き高校入学を期に親元から離れてそれを実現させた。
このままごく普通に就職をし、ごく普通の結婚をして、
そしていつかごく普通で平凡な人生の幕を閉じる事になるだろう、と俺は考えていたんだ。
あの日までは……。

だが現在、その普通な生活を脅かす存在が現れてしまっていた。


「おはよー、トーヤぁ。朝だよー!起きてー!!」

朝、一人暮らしの男子高校生である俺の部屋からは聞こえる筈もない声が響く。

「ねーってばぁ!今日から学校あるんでしょ?遅刻しちゃうよー?」

その声の主は俺が目を開けないのを見てからか、耳元に口を近付けて囁いた。

「もー、起きないならオハヨウのキッスしちゃうぞー!?……なーんちゃって。
 きゃー!あたしったら何言ってるんだか!」

ようやくいやいやながら目を開けた俺は、朝からハイテンションの少女を見て
思わずぼそっと呟いてしまう。

「…………悪夢が終わらない…………」
「えっ?何か言った?」
「……俺、病院行くべきかな?」

俺の呟きを聞いて少女は心配そうに顔を寄せてくる。

「どうしたのトーヤ?どこか具合悪いの?大丈夫?」

目の前の少女の顔から視線を逸らして溜め息を吐くと、俺は登校準備を始めた。

…なんかめっきり溜め息が増えたなぁ…俺……。
そういや前に同じのバイトの子が
『溜め息を吐くと一回毎に幸せが一つ逃げて行くんですよ!』
って言ってたっけ…。
…俺の幸せ幾つ逃げたかな?

「にゃっ?着替えるなら先に言ってよぉ!デリカシーがないんだからぁ」

シャツを脱ぎ始める姿を見て、少女は顔を赤くして後ろを向く。
何だか俺もつられて少し赤くなりながら慌てて着替えを済ませる。
…何やってんだろ…俺。

「…さて、と」

鞄を片手に足早に部屋から出た俺は、少女を待たずに扉を閉め、鍵を掛けて一息吐いて、
くるりと背を向け階段の方へ歩きだした。
このまま何事もなかったかの様に学校へ行く事にしようか!


「…どうしてあたしを置いて行こうとするの?昨夜はあんなに優しくしてくれたのに…。
 あたし初めてだったから、すごく嬉しかったんだよ…?それなのにさっきから無視ばっかり…。
トーヤってばあたしの事弄んでいたのね!ひどい人…」
「人聞きの悪いセリフ言ってるんじゃない!」

聞き捨てならないセリフに思わず俺が背後を振り返ると、
そこには瞳から一筋の涙を流した少女の姿があった。

…もう少し詳しく言うなら、部屋の扉を擦り抜けて出てくる最中で現在見えているのは上半身のみ、
な少女の姿があった。

「…人が扉を擦り抜けるワケないし、やっぱりこれは幻覚だよな。
 幻覚見るなんて俺疲れてるのかな?幽霊なんて存在するわけないしな。
 幻覚と言葉を交わすなんてバカだなー、俺」

眼前の光景から目を逸らし呟く俺の視界に映る様に移動して、宙を浮遊する少女は、
さっきの涙は何だったのかと問い掛けるのも忘れそうになるくらいに、
可愛らしくにっこりと微笑んだ。

「幻覚なんかじゃないよ。幽霊かどうかはわかんないけどあたしはちゃんとここにいるもん。
 名前だって教えたでしょ?
 無視してた事は水に流すからマナって呼んでよ。トーヤ」

そのまま見つめていたくなる気持ちを抑え、無理矢理視線を逸らして俺は改めて考える。

この少女はいったいなんなのだ?
幻覚だとしても、こんな幻覚が見えるなんて、俺はおかしくなってしまったのだろうか?
それとも彼女の一人も出来ないから欲求不満になってるとか?
…だから俺の好みな顔してるのか?

……考えたくねぇなぁ……。

だからって幽霊って認めるのか?
てか、幽霊って死んだ人が化けて出たモノだろ?
この女の姿にちっとも見覚えないし、名前も聞き覚えないし…
 俺、なんかこの女に化けて出られる程に知らない内に恨まれてたって事か!?

……さらに考えたくねぇなぁ…。

「…トーヤ?」
「俺には何も見えんし聞こえん!!」

そう言い捨てると少女の姿を見ない様にして、俺は学校へと歩きだした。

「待ってよー。あたしも行くー!」

ふよふよと浮きながら楽しそうに追い掛けてくる少女を、気付かれない様にちらりと横目で見て、
俺はまた一つ溜め息を吐いた。

幻覚なのか。
幽霊なのか。

どちらにせよ認めたくはないが、俺は確かにこの少女に憑かれていた…。


それもこれも、始まりは昨日、五月五日の事だった。





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