満月の夜の歌姫1
満月の夜、理性より本能が勝る。叫びたくなる、喚きたくなる。
体が熱い。
心が焼けそうだ。
喉をからしてもまだ満たされない。
分からない。
何も考えられない。
全てを支配する衝動。
狂暴なルナティック。
なんて危険な夜。
JRの改札口を抜けた。
この梅雨時期に久々の晴れた夜空だ。
だけど、空は曇っていて、せっかくの満月が見えない。あたしは唇を吊り上げ、月を挑発した。
いつもの場所に着くとすでに何人かの子が溜っていた。
姿を現すとすぐに囲まれた。「ルナ〜!待っていたよ!!」
子犬のように飛び付いてきた女の子にわずかに口角を上げるだけで答える。
キャミに下着のラインギリギリのミニスカート。
悪い男に食われるなよ、って思うけど、あたしの知ったことじゃない。ここにいる子はみんな似たり寄ったりだ。外見は派手なのに中身がない。
ちゃんとそのことが分かっていてむなしい思いを抱いている哀れな子羊達
……まぁあたしも
似たようなモノだけどね。
体を壁にもたれさせる。
みんな静かになりあたしの周りに集まる。
これ、あたしの歌う姿勢。……さて、何の音から始めようか。
あたしの歌う曲はいつもでたらめ。
その時の気分で音を出す。
この広場ではあたしの他にも何組かが歌っている。
下手くそ。コード進行もイケてない。
それらが耳に入ってきて、あたしは顔を僅かに顰めた。
そんなことよりっと、歌うかぁ。
あたしはカツカツとブーツを鳴らしカウントを取る。
低く声をかすれさせ、グリッサンドし、オクターブのラをハミングする。
細く歌うけど高い声はよく響く。
一瞬だけど、他のバンドの演奏も止まった。
よっしゃー。
あたしの歌には歌詞がない。
HaーとかUnーとかDabadaとかいわゆるテンションってやつで歌う。
あたしは叫びたいだけなんだ。そんな余計なものはいらない。
指を鳴らし、リズムを早める。囁きが声になる。
叫び。
ファルセットの高み。
静かな墜落。
音がどこに向かうのかあたしも知らない。
ただこの白い熱を孕む衝動が発散できればいい。
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