満月の夜の歌姫14




「じゃ、原宿に行くか!」
「原宿? どうしてわざわざ?」
「あんたのファン達に挨拶しないとな」

あたしは男が買った切符を受け取った。

「みんなあそこで待ってるぜ」
「暇人だな」
「つれないねぇ。ほんと、あんたは月だよ。
 手を伸ばしても届かない。見てくれない。
 せめて、水面の月だけでも、とすくっても指の間から流れ出して、
 それすら自分のモノになってくれない」

男の目はあたしの傲慢さを責めていた。

あたし達は無言で電車に乗り込む。
渋谷から山手線に乗り換えて原宿に出る。

「ルナー!」
いつもの場所でいつものように迎えられる。
目を赤くした子もいた。
「姿を見せないからもう来ないんじゃないかって……っ」

ああ……ルナはこんなにも求められていたんだ。

あたしは泣きじゃくる女の子を抱きしめた。
「ごめん……」


みんな沈黙していた。

「よっ、女殺しっ!
「うるさい」

と気崩れる言葉を投げるのはあの男で。

あたしは女の子の体をそっと離した。
女の子はまだ泣いていた。
「ごめん」
「違う……嬉しいっ………」
どうしていいか分からず戸惑ってしまう。

「本当に女殺しだよな。いや、俺も殺されているから人間殺しv」
「人を大量殺人者みたいに言うんじゃねー!」
あたしは男を蹴り上げ、みんなに向き合った。

みんな、不安そうにあたしを見ていた。
あたしが変わったことに気づいたのかもしれない。

「もうここで歌うことはないと思う……」

えーという女の子の高い声と嘘だろ、という野郎どもの低い声が重なる。

どう説明したらいいんだろう。
あたしは困っているのに、元凶は助け舟を出してくれない。

「バンド……組むことにしたんだ。そこにいる男と………だから
 ここで歌うのは最後になる………」


場は静まり返っていた。
喉が締め付けられる感じ。
まるで泣き出す直前のようだ。

あたしは深呼吸し、喉を開いた。
全身から力を抜き、声を出す。
その声は甘く柔らかかった。
こんな声出したの初めてかもしれない。

男は一瞬目を瞠り満足そうに笑ってギターを手にした。
あたしの声にギターを重ねる。
甘い声とは対照的にギターの音色は悲しげだった。
その対比が音を印象的なモノへと変える。

気持ちい。

自分の、自分達の奏でる音に興奮する。
あたしは躊躇いながらも男の出す音へ飛び込む。
すぐにギャラリーの存在が頭から消え去る。

曲とは言えない曲を何曲か歌い、我に返った時、あたし達の周りは何重もの円になっていた。
周りのバンドの演奏も止んでいた。
拍手が沸く。
歓声が上がる。
胸が締め付けられる。

「今まで……ここであたしの歌を聞いてくれて………ありがとう」

あたしは頭を下げた。

別に誰も聞いてくれなくてもいいと思っていた。
あたしは感情のままに叫んでいるのだから、観客なんて必要ないと思っていた。
だけど、実際に誰も足を止めてくれなかったら、寂しさとむなしさを抱かずには
いられなかっただろう。


ルナ、とここで名づけられたあたしのもう一つの名前が悲鳴のように叫ばれる。
いつものようにこのまま去ればいいのか、まだ歌った方がいいのか。
どうしたらいいのか分からない。

男があたしの顎をすくい上げた。

「ほんと、ルナちゃん最高」
「○□△×××〜〜〜!!!」

あがる周りの歓声とどよめきと悲鳴。

塞がれた口と口。

あ、ああああ………。

「あたしのファーストキスッ!」
バシーン、と乾いた音が響き、男の体が後ろに倒れた。
「返せ、返せぇぇぇ!!!」
あたしは男の首根を掴み揺さぶる。
「ぶっははははははーーー!!!」
ほっぺを抑えながら、頭をガクンガクンさせながら、痛い、痛いと笑う男。
こ、こんな男がファーストキスの相手ぇ!?
あたしはショックから立ち直れない。
そりゃあ、ファーストキスに夢なんて見てないよ。
だけど、これはこれはないだろ!!?
神様、恨むぜ……。

「分かったよ、返してやるよ。んーーー」
顔を近づけられる。
「ざけんな、ぶわぁーかっ!」
あたしは立ち上がり、男の体を容赦なく蹴った。

観客達は呆気に取られていた。

 

 

 

怒りはまだ収まらない。

「ごめんなよー。許してくれよー」
「ごめんで済んだら、警察も裁判所もいらない。半径50m以内に近づくな」
「あのキスにそんな意味はないんだって! 
 俺、付き合っている彼女いるし、どっちかというと………」

「ガキはパス?」
「そうそう……イテッ」
あたしは男の脛を蹴った。
脛はかなり痛いぞ。
男は足をケンケンさせながら、早足のあたしに着いて行く。

「気持ちよかったからさぁ、ついね」
「ついぃぃぃ???」

ついであたしのファーストキスを奪っただとぉ!?
やっぱり、こいつ、死刑決定だな。

「ルナちゃん、怖い……。俺、演奏がチョーカッコよくキマって気持ちよくなると
 キス魔になんの。タカさんとかカズとかともキスするし」

「変態」
「そうです、私が変態です」
胸を張るな、胸を!
「やっぱりやめた。この話はなかったことにする」
「えー、約束したじゃん」
「口約束は法律的に効力を持たない」

ああ、そうだ。
あたしは男に向き直った。

「まぁそれでもいいけど……」
「ルナちゃ〜〜〜ん」
「うざい、黙って聞け! あんたのバンドに入る条件がある。
 条件が受け入れられないならこの話はなかったことにする」

賭けに負けた癖にでかい態度のあたし。
男は気にしないどころか即答した。
「その条件全て受け入れた」
「おい……まだ何も言っていないだろ………」
心底呆れてしまう。
こいつの頭を振ったらカランコロンといい音が鳴りそうだな。

「あんたを得るためには条件を受け入れなければいけないんだろ?
 だったら受け入れるしかない」

男は一切の曇りなく笑った。

あたしは目の前の男をマジマジと見た。
「ばっかじゃねーのっ!」
「馬鹿でもいいさ」
男が手を差し出した。

胸がドキドキする。苦しすぎて痛い。
求めてもらえることの喜び。
伸ばした手を握ってもらえなくて泣いていた、幼い『私』の姿を脳裏から追い払う。

だけど、まだその手を握ることはできない。

「あたしが提示する条件は3つ。
1つ目は、あたしの素性を詮索しないこと」
「了解した」
2つ目は、あたしがあんた達と顔を合わせるのは週2回、
 多くて週
3回になるということを頭に入れてくれ」
「了解した」
「3つ目……あたしのバンド参加は期限付きで1年間のみ。それでもいいか?」
「ああ、っていうしかないな」
初めて男が苦笑いを浮かべた。

「よろしくな、ルナ」
「よろしくされてやる」

あたしの手は……震えていた。
そのことについて男は触れなかった。
ただ痛いほどの力であたしの手を握る。
手が汗ばんできたが、なぜか、あたしはそれを不快には思わなかった。

 

 

 

 

 

メイクを落とし、かつらを外す。
ピンでまとめた髪を下ろせば、私へ戻る。

鍵を鳴らすのは

「帰るよ、苑子」

共犯者。


あたしは微笑んだ。

 

 

 


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最後まで読んで頂いてありがとうございましたv







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