満月の夜、賭けをした。
この日が雨なら男はあたしに関わらないと誓った。
晴れならば、あたしは声を男へ提供する。
………この声のどこがいいんだか。
ストリートで人を集めることができるし、ファンらしき者もいる。
そこらの奴より上手い自信はある。
だけど、ちゃんとしたヴォイストレーニングを受けてるわけじゃない。
ピアノの表現力をつけるために声楽を習ってるけど、ポップスの声の出し方とは違うから
意味はない。
まぁ、そんな訳分からない男の好みを考えてもしょうがない。
悪趣味、その一言で片付けられる。
んで、あたしはどこに向かえばいいんだ?
一瞬、からかわれた?と思うが、すぐ否定した。
あたしを見るあの目……。
ルナは弱い人間じゃない。
なのに、あの男の目にはルナが草食獣として映っていた。
あの男は今にも飛び掛かるタイミングを計らう肉食獣のような目をしてルナを見ていた。
男は、あの場所で、原宿であたしを待っているのだろうか?
あたしはゾクリと体を震わせた。
今までで一番の高揚感。
快感といってもよいかもしれない。
あたしがあんたのモノになるのが運命なら、あんたはあたしのことを
見つけることができるよな。
尾上際が悪い?
だって、あの男の思い通りになるなんて耐えられない。
こんな綺麗な満月の夜は……東京タワーに登りたくなる。
青山一丁目で大江戸線に乗り換え、赤羽橋駅へ到着した。
駅を降りるとライトアップされた東京タワーが見える。
時刻は21:30を過ぎようとしていた。
「申し訳ございません。特別展望台の営業時間は終了しています。
また、大展望台も21:45分までとなっております。それでもよろしいでしょうか?」
あと15分しか夜景を楽しむことができないのか。
ここまで来たからには引き返すのがくやしくてチケットを買ってエレベーターに乗り込んだ。
東京タワーから見える夜景は美しかった。
だけど、空の星は寂しかった。
東京タワーの光が強すぎて、せっかくの満月が台無しになっていた。
つまらない。
期待通りじゃなくて、むかつく。
見る気をなくして、あたしは地面に座り込み頭を膝に押し付ける。
チン、とエレベータが空く音がした。
心臓がうるさい。
「俺の勝ちだな」
「……………」
あたしは差し出された手を素直に握って、起き上がった。
閉館時間になり、あたし達は展望台から追い出された。
「月を見るんだったら山奥じゃないとな」
「……なぜあたしがここにいるって分かった?」
「分かったわけじゃないぜ。初めに原宿の方に言ったんだけどな、いなくて慌てたぜ」
「場所の指定はなかっただろ。あたしがどこいようと勝手だ」
「まぁな。あの時はルナちゃんに約束を取り付けてよっしゃーって、
待ち合わせ場所を決める余裕なんてなかったしな。
初めて女をデート誘うより緊張したぜ」
「約束? 脅迫の間違いだろ」
「どっちにしろ、今夜はいい天気だぜ。
ルナちゃんがあの場所にいなくて、空を見上げたら高いところで満月を見たくなってさ。
以心伝心だねー」
「あんたと通じあう心は1ピクセルもない」
けど。
………負けたよ。
あたしは声を出さず唇だけを動かした。
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