彼は宇宙(そら)へ行く 2






――なさい。
………ら、――きなさい。


「ほら、起きなさいってば」
肩を揺さぶられて目が覚めた。
「うぁ?」
目を擦りながらゆっくりと上体を起こす。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「もぉ、居眠りなんかやめなさいよ、風邪引くわよ?晩御飯にするから早くいらっしゃい」
私が起きたのを確認すると、彼女はそう言いながら台所へと戻っていく。
「うん、わかった」
 まだ残っている眠気を払うように頭を軽く振りながら、私も姉の後に続く。
ふと窓の外を見ると日はすっかりと暮れてしまっていた。 

 

 

台所のテーブルに向かい合って座る。
二人揃って丁寧にいただきますの挨拶をし、私は早速冷素麺へと箸を伸ばした。
テーブル中央のガラスボウルの皿の中には、大きめのかち割り氷と素麺。
見た目からして涼し気だ。


箸の先へと素麺を掬い上げようとすると、するりと逃げられた。
「あんた相変わらず箸の持ち方下手よねぇ」
「うーん、なかなか治らないんだよ、コレが」
対象的に姉は綺麗な箸捌きで起用にひょいと掴み上げる。
私も箸に絡ませるようにしてなんとか掴み上げ、姉特性の素麺ツユにたっぷり浸した後に
喉へと流し込む。

「うん、美味しいっ。やっぱり冷素麺はツユが命だぁ!何時間も待った甲斐があったよ」
「はいはい、ご飯が大変遅くなって申し訳ございませんでしたね」
「やだなぁ、お姉ちゃん。待った甲斐が有るって誉めてるんだよ?」

ツユはみりんが少し多く甘めだが、そこが我が家好みの味だ。
鰹だしの風味の中、微かに干ししいたけの匂い。
併せだしで旨味が更に増して本当に美味しい。
飲み込むかのように食べる私に姉は呆れた表情を見せた。

「かなり多く茹でたつもりなんだけど……ひとり3束の計算じゃ間に合わないかしらね」
「ひゃいじょうぶ、はははちふんめはひひはひゃ」(大丈夫、腹八分目で良いから)
「口のものを飲み込んでから喋りなさい」
ハムスターのように頬いっぱいに素麺を詰め込んだ私にお説教をしながら、
姉はガラスボウルに箸を伸ばす。


一筋、紅く色のついた麺を救い上げると、先端のみをつゆに浸しつるりと喉に流す。


――あ!」
「……何よ?」

思わず出した声に、姉が不思議そうに首を傾げる。

多くの素麺束の中で一本だけ、色付きの紅い糸のような素麺がある。

子供の頃、それを食べるとラッキーになれる、
願いが叶うといった御呪いが流行ったことが有った。
同じような類で、給食のバナナでシールが貼って有る物を取れたらラッキー、
といった物も有る。

なんかちょっと珍しい食べ物。だから食べられたら、なんかちょっと嬉しい。
そんな子供の可愛いお遊びの一つ。私もその可愛い御呪いの信奉者で、
シールバナナ争奪戦に敗れた日は、仏頂面のまま午後の授業を過ごしていた。

給食は儘ならなかったが、我が家の紅い幸運の素麺糸は私の物心付くころから私の物だった。
父と母と姉は、いつも優先的に私にそれを譲ってくれていた。
まぁ、食べられなかったら大泣きして母を困らせたからそうなったのだが……。

それは私が小学校を卒業して、中学生・高校生とそんな御呪いなんて信じない年齢、
忘れてしまう年齢になっても続いていた。

無意識化された我が家の習慣。

家を出て、義兄に嫁いだ姉はそれを忘れてしまったのか。
それとも、ただ純粋に欲しかったのか――幸運の紅い糸を。

「別に、何でもないよ?」
訝しげな姉に笑いながらそう答え、私はまた素麺を大量に頬張る。
「変な子ねぇ」
首を傾げる姉も、またつるりと上品に素麺を喉に流す。

姉にとっての幸運。
そんなの決まってる、義兄が無事に帰ってくる事だ。




 


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