彼は宇宙(そら)へ行く 2


 

 

テレビは相変わらずつまらない番組しか流していない。
私はまたチャンネルジプシーを繰り返す。

最後にチャンネルをあわせたのはNHK教育。
『今日の盆栽』というテロップと賑やかな音楽が流れ、
講師と思われるよれよれのおじいさんが小さなスコップを持って登場したのを見届け、
私はテレビで暇を潰すのを断念した。

リモコン左上、一番大きな電源ボタンを押す。
ブラックアウトした画面を確認してから、ゴロリと畳へ寝転がった。

大きな木目の天井と、蛍光灯の明かりが目に入る。
綺麗好きな姉らしく、蛍光灯の傘はきちんと掃除されていた。
台所からはざーざーと水道の水が流れる音。
姉は未だ忙しそうに作業をしているようだ。


ふと、義兄の事を思う。

彼もまたこうやって居間で暇を持て余しながら、料理をしている音を
聞いていたのだろうか。

 

 

約1年くらい前だろうか、姉夫婦が私の家(姉にとっては実家だ)にやって来た。

「宇宙に行こうかと思っています」

居間のちゃぶ台の上に、和菓子の詰め合わせの入った小箱を置きながら
義兄はそう切り出した。

「「「は?」」」

ちゃぶ台の上座にどっかりと腰を落ち着けている父と、和菓子に手を伸ばしかけた私、
姉と義兄にお茶を出そうとしていた母の声が見事にハモる。


「NASAの宇宙飛行士募集ってのに応募してたの。
 この前最終選考が有って……で、受かったんだって」

姉が素気なく、無表情で補足説明してくれたお陰で
ようやく私達は意味を理解することが出来た。

「へぇ〜!あれって倍率すごいんでしょ??お義兄さんすっごい!!」
「まぁまぁまぁ、じゃあ家族に宇宙へ行く人がでるのねぇ」
 無邪気に感心する私と母。だが父の反応は複雑なものだった。
「宇宙飛行士……なぁ。小さい頃からの夢ってやつか?」
ぼそり、と父が義兄に問う。
「はい。子供のころからずっと夢でした」
彼は父の顔をしかと見据え、しっかりと答えた。
「まぁ、判らんでもない。
 俺も昔、アポロが月に着陸した時のニュースは鮮明に覚えているよ。
 人間は凄いことをするもんだと感動した。俺も行ってみたいと思ったもんだ。
 いや、俺だけじゃなくって、当時の若い男は多かれ少なかれ、あれを見て感動して、
 自分も――と思っただろうさ」


だけどな、と言葉を切り父は母のほうをちらりと見やる。

「その時おれは会社に入社したばかりだったし、母さんとも結婚したばかりだった。
 そんなことは夢物語にしか思わなかったさ。
 君、今の会社はどうするんだ?確か市内の……?」

「はい、市内の県営プラネタリウムの職員をしています。そこは辞めるつもりです。
 NASAの職員になれば給料も上がりますし」

「会社は辞める、か」
 ふん、と鼻を鳴らし父はじろりと義兄を睨んだ。
「じゃ娘の旦那も辞めてもらえるだろうな?大事な娘を嫁がせたのに、
 それを放っといて宇宙に行きたいだなんて……おれはそんなヤツを息子だなんて
 思いたくないからなっ!」

「おとうさんっ!!」
ぐっ、と言葉に詰まったような義兄を庇うかのように姉が父に向かって怒鳴る。
「それ私たちに別れろって言っているの!?」
「あたりまえだっ! この前だって乗っていた宇宙飛行士が全員死んじまった
 爆発事故あっただろうがっ。
 俺はなぁ、自分の娘をこの若さで未亡人にするなって対絶嫌だ。
 自分の夢とやらを優先して、家庭のことなんざちっとも考えない男はもっと嫌だっ」

「別にお父さんが嫌いでも、私は彼の希望を叶えてあげたいもの、
 別れる別れないは私たちの問題でお父さんは関係ないじゃないっ!」

「なんだとぉぉ?」

ちゃぶ台を挟んでにらみ合う父と姉。今にもどちらかが巨人の星の一徹さんのように
ちゃぶ台をひっくり返しかねない、という一瞬即発の状況を穏やかに母が諌めた。


「ほらほら、二人ともそんな怖い顔しないで。
 お父さんも家庭を顧みないのは一緒じゃあないの。
 昔っからパチンコにばぁっかりお給料つぎ込んじゃってねぇ。
 私は相当苦労したのよ?」

――っ、それとこれとは話が……っ」
にっこりと母に微笑みかけられ、父は何か反論しようと
口の中でもごもごと言葉を捜していたようだったが、
結局は押し黙って気まずそうに視線を空中に彷徨わせる。


母は姉に視線を向けた。
「あのね、お父さんはあなたを心配して別れろ、なんて言ったのよ。
 ………縁起悪いけど許して頂戴ね、
 もしかしたら事故があって取り返しの付かない事になるかもしれない。
 事故が無い事を勿論私もお父さんも願っているけど、
 それでもあなたは彼が宇宙へ行く事に 賛成なのね?」

姉はこくりと頷く。

「後悔しないのね?」
姉は再度、力強く頷く。母は今度は義兄に目を向ける。
「宇宙飛行士に選ばれるなんて、多分宝くじに当たるより凄い確立だと思うの。
 そしてそれに通る貴方の意志と決意も並々ならぬ物じゃぁ無い筈よ。
 誰に反対されても、行くつもりなんでしょ?」

 ハイ、と答えると義兄は両親にまるで土下座のような格好で頭を下げた。
「本当に僕の我侭で、申し訳ありません」
私はその成り行きを、和菓子の詰め合わせから選び取った道明寺を齧りつつ半ば呆然と
見守っていた。


結局姉が義兄の意見を父に無理やり認めさせる形で彼のNASA行きが決定。
義兄は翌月からアメリカに渡り、宇宙飛行士になる訓練を受け始めた。

その間も姉は厳しい訓練や言葉の壁に悩んでいたという義兄に
毎日励ましの電子メールを送り、3日に一度国際電話を掛け、
梅干や納豆といった日本の味を小包で毎月欠かさず送っていた。
そして先週、遂に義兄は宇宙に旅立って行ったのだ


 誰よりも義兄を応援し、彼の夢の後押しをしていた姉。


  私は彼の希望を叶えてあげたいもの。
 宇宙になんか行って欲しくない。 

……言っていることが矛盾してるよ、お姉ちゃん。


どれが姉の本心なんだろう。

 






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