双子物語E







突然やってきた霧は、2、3分で晴れた。

「性格悪すぎるっちゅーの!」

先ほどまで隣にいた真由はいなくなっていた。
気配すら感知できない。
さらに霧に覆われるまで前方に見えていたうねった幹の木も見当たらない。
飛ばされたのは真由ではなく自分だったのか、もしくは、両方飛ばされたのか。

真咲は臍を噛んだ。

大きく息を吸い込み、

「バカァ! あんぽんナス! スカスカカボチャ! シナシナピーマン! ビチャビチャキュウリ!
 どこの誰だか分らないけど、バカバカバカカーバッ!!」

と叫んでみた。

『叫んでみた』というように、正気を失った訳ではない。
これも作戦でのうちである。
内容はどうあれ、

「………ふ、やるわね」

挑発という行為なのである。

真由と離れてしまった今、真咲は自分を見つめる視線を強く感じていた。
もしかしたら、その視線は山へ入った時からずっと二人を追いかけていたのかもしれない。
ともあれ、その視線に殺気はなかった。
だからこそ、性質が悪い。
殺気は殺すという明確な目的があるが、悪意というのは、何が目的なのか分り難い。
とりあえず、相手を挑発してみたのだが、残念ながら、挑発は不発に終わり収穫はない。
この土地に息吹く、土地神や精霊のいたずらなのか、目的地の四方院家に関わる者の仕業なのか。
分っているのはこのままだと、

「凍死しちゃうわね……」

容赦ない雪は少しずつ真咲の頭を、肩を、腕を白く侵略していく。
雪だるまになるのは嫌だ。
その上、昨夜から何も食べていない真咲の胃はシクシクとご飯をくれと訴えている。
早くこの結界から抜け出して、媚ってでも泣きついてでもご飯と味噌汁を与えてもらわねば。

真咲は息を深く吸った。
冷気が喉を刺し肺を満たした。

「あなたは誰ですか?」

声を張り上げていないのにも関わらず、放たれた声は凛然と空気を揺らした。
艶やかで甘い声。

「私を惑わし見つめているあなたは誰ですか? 答えなさい」

真咲も真由も能力者として、飛びぬけた力を持っているわけではない。
しかし、生まれ持った声は非凡と言ってよかった。

強引なまでに聞く者の聴覚を支配し、頭を痺れさせ快感をも与える魅惑的な声。

ゆったりとした口調が、相手を翻弄するように徐々に早くなる。

「姓を名乗りなさい、名を名乗りなさい、姿を現しなさい。隠れていないで私の前に立ちはだかりなさい!」  

再度口調が強く語りかけるようにゆったりとした速度へ変わる。

「あなたが私に求めているものは何ですか? 私があなたに与えることが出来るモノは何ですか?」

真咲は鋭く声をあげ、相手の反応を待った。
ただ、ただ、風を通さない空間に返って来るのは無音ばかり。
今回は相手が上手だったようだ。

真咲は溜息一つで気持ちを切り替え、ターゲットを変えた。

「この地に根を下ろす土地神よ、私の声が聞こえ……っ、なんなのよ、一体っ!」

この近辺を覆っていた結界が突然消えた。
叫んだ声は、いつもの高めの真咲の声。

「………んで、あたしはどこに行けばいいのよ!!!」

登ればいいのか、下ればいいのか、その選択は非常に重要である。






青年、皇は目を開けた。

「あなたに期待するものなんてあるはずないでしょう?」

声に針を忍ばせて、ここにはいない声の持ち主へ答える。

四方院皇、16歳の身でありながら彼は、4人の奥方候補を持つ身である。
さらに、本日二人の奥方候補が追加されると、四方院家当主である父親から達しがあった。
同じ立場である帝は隣で怒気を走らせていたが、皇はその奥方候補に興味があった。
その奥方候補達は、次元を超えた天才と名高かった男の娘だという。

男は本家と近い分家の生まれであり、血筋、家柄、能力に恵まれながらも、
一人の女へ全てを奉げて、家を勘当された。
それは皇が生まれるだいぶ前のことではあるが、その男の話はよく耳にしていた。
表ざたに話されることはなかったが、人は彼を惜しみ、かつての彼を称え、彼を奪った女を罵倒し、
彼自身を哀れみ、嘲笑した。

そんな男と、その男に愛された女から生まれた子供。

しかし、というべきか、やはり、というべきか。
最高能力者の男と能力を持たない一般の女の子供は、
平凡に毛が生えた程度の能力しか持っていないようである。 

ひっそりと忍び寄るようにして囲いのように張った結界。
ターゲットである双子が気づいたのは30分後のことで、皇を落胆させた。
それでも、あの男の娘という存在に興味は尽きなくて、さらに双子を別々の場所へ飛ばし、
それぞれの様子を観察してみた。

ショートカットの髪の少女は愛らしく、さらに動揺する帝を見ることができて、笑わせてもらった。

そして、もう一人の、長い髪の少女。
挑発しようとしているのか、それとも単にストレス解消のため喚きたかっただけなのか、
独創的で攻撃力のない悪口をおかしく思いながら観察していると、急に彼女の声音が変わった。

低すぎず高すぎず、丁度良い音程の声。
声音は柔らかく、皇の心臓を乱暴に鳴らすほど、甘かった。

『あなたは誰ですか?』

頭が痺れる。
それは、快感といってもいい疼き。

『姓を名乗りなさい』
『名を名乗りなさい』
『姿を現しなさい』
『隠れていないで私の前に立ちはだかりなさい!』

畳み掛けるような言葉に息苦しくなる。
気持ちが、彼女の元へと逸る。
が、

『あなたが私に求めているものは何ですか?』

続けられた言葉に、皇の興奮は氷水をかけられたように冷めた。

彼女に求めているものなんてない。

『私があなたに与えることが出来るモノは何ですか?』

傲慢な女だ、と皇は思った。

皇の心に嵐が吹き荒れた。
久しぶり荒れ模様に上手く感情をコントロールできない。
悪意が殺意に変わる前、タイミングよく帝が皇の結界を壊した。

「………これから楽しくなりそうですね」

自分の感情と折り合いをつけた皇は立ち上がった。


その顔には、いつもの仮面が張り付いていた。






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