双子物語D







「真咲ちゃん……」
「何?」
「僕はもうだめだ……置いていってくれ。
 10数年の短い生涯だけど、僕に後悔はないよ!」
「真由ちゃん、あたしが今どれだけ気分を低下させているのを知って
 そんなことを言っているのかしら?」
「………高山病で頭が痛いよー。僕、下で待っ……」
「転げ落ちてみる? 転げ落ちて下で少し休んだら、また這い上がってくるのよ?」
「………うん、治ったよ」

双子は無言で山道を登った。
双子の足が止まったのは同時であった。

「もしかして………」
「迷わされたかしら?」

カーブの先に生えている、幹がうねっている木は10分程前に見たものである。

「真咲ちゃん、なんで気づかないんだよー!」
「真由だって気づかなかったじゃない!」
「僕はいいの! 僕は感視能力ゼロ人間なんだからっ!」
「開き直ったわね! そんなの本能で気づきなさいよ、本能でっ!」

双子は大声で叫びあった後、深呼吸をした。

「とりあえず、誰のいたずらだか知らないけど、どうにかしなきゃね」
「真咲ちゃん、この結界……」
「解けないわよ。これを作ったヤツ、相当ねちっこいわね。真由、この結界……」
「壊せないよ。僕の力じゃ弾かれて終わりだよ」

顔を合わせ溜息をつく。

「相手がどういうつもりか分らないけど、飽きるのを待つというのも一つの手ね。……でも」

大粒の雪は双子の頭、肩へ舞い降り、少しずつ、薄く薄く降り積もろうとしている。

「凍死しちゃいそう……」
「飢え死にはいやだよぉ!」

寒さと空腹でまともな思案ができない双子をさらに混乱させるべく、静かに霧が忍び寄って来た。

雪が降っている中の霧。
明らかに自然に発生したものではない。

「……やな感じ」

真咲は真由へ手を伸ばした。

「真咲ちゃん……」

真由も真咲へ手を伸ばした。


しかし、その手が触れ合うことはなかった。





針が落ちる音さえ響きそうな緊張感の中心に、青年はいた。
左片膝を畳へ付け、交差させた両手は剣の柄を握っていた。

「ハッ!」

青年は閉じた目を開き、右足で強く畳を蹴り、刀を抜き放つ。
鋭利に光る二つの刀。
空気がしなり、風が鳴る。
銀色の線が空へ浮き上がっては消える。
不意に左手から刀が抜けた。
勢いをそのままに、柄が畳へ跳ね返り、青年へ向い飛んだ。
右手の刀でそれを弾く。
動きを止め、青年にしては珍しく苛立ちを表情に浮かばせて舌打ちした。
明らかに集中できていない。
こんなミスは初めてだ。
初めて真剣を持ったのは5歳の時だが、その時でさえ、命を繋ぐ刀をその手から離したことはなかった。
剣を振っている最中、無心になることができなかった。

青年の脳裏を占めるていたのは、数刻前の両親とのやり取りだった。

青年の名は四方院帝という。
四方院は全国の怨冥士を束ねる名家である。
その家の次期当主候補である帝は、もう一人の候補である双子の片割れとともに、
常日頃生活している学生寮から呼び戻された。
そして、一見穏和な微笑みを浮かべながら、
現当主である父に新しい奥方候補が来るから顔合わせのために1週間家に居ろ、と命令された。

頭を下げるしかないものの、下げたことで増した苛立ちから
剣を振るったもののちっともすっきりしない。
「無」の世界に辿りつくどころか、葛藤する心を抑えきれず、怒気は増すばかりだ。

帝はもう一人の当主候補である双子の片割れを思った。

自分と同じ顔をしながら、笑みを浮かべて父や母に頷いていた片割れ。
同じことを聞かされた彼は、今何を思っているのだろうか。
小さい頃は互いのことが分ったのに、年齢を重ねるごとに奴が何を考えているのか、
その笑みの裏に何があるのか、分らなくなっている。

ふと、帝は空間が歪むのを感じた。
帝でなければ、もしくは、母も父も気づいているかもしれないが、
ほとんどの人は気づかないほど、密やかに張られた緻密な結界。

帝は剣を鞘へ治め、武道場を出て、そのまま門の外へと向った。
門の外側から山の一部を覆うように張られている結界から、帝の双子の片割れの気を感じる。
相手も帝が近づいてきていることは知っているだろうが、拒む気はないらしい。
帝はやすやす結界の中へ入り込んだ。
この結界は守るためではなく、人を迷わせるために張られたものだ。
放っておけず、対象となった人物を探す。
この結界内に人の気配は二つ。
近い方へ帝は足を進めた。

清美な歌声が帝の耳に届いた。

「ゆ〜きがコンコン、あられがコンコン、ぼ〜くもコンコン、咳がコンコン。
 そしたら、真咲ちゃんが鬼になる〜」

歌の内容はさておき、寒々しい景色の中、響くその声はどこか温かい。
その歌声の持ち主は雪の上に仰向けに倒れていた。
顔はそのままに、近寄ってくる帝を見つめていた。
澄み切った黒い目。
人が来たことを喜ぶでも、警戒するでもない、感情が込められていない眼差し。
透明度の高い目は感情が浮んでいない分、鏡のごとく、弱さが映し出されてしまいそうで、
無意識に帝は左足を後方へ引いていた。

少女の口が動いた。

「僕はね、真由。あなたは?」

歌声と違い、その声は幼い。

「……帝」
「帝ちゃんかー。かっこいい名前だね!」

「ちゃん」付けという初めての経験に帝は目を僅かに見開いた後、眉を少しだけ歪めた。
が、無色から見事な色をつけ始めた真由の瞳を眺めているうちに、訂正のチャンスを逃してしまったようだ。  

「帝ちゃん、帝ちゃん。あのね、僕は哀れなカバ男君なの」
「……………」
「帝ちゃん、僕のアンパンマンになってくれる? あのね、僕、アンパン好きだよ。
 チョコレートパンも。あと、クリームパンも好きだし、メロンパンも好き。
 特にアンパンマンに拘る理由はないけど、そこは気分、というかノリというか、まぁ、基本だよね!」

帝には、真由が何を言っているのか、何を言いたいのか、まったく分らなかった。
しかし、綺麗な目をしている、この変な生き物を助けてあげたいと思う。

「失礼する」

帝は体を折り曲げ、真由の両脇へ手を差し込むと、その体を雪の上から退かした。

「風邪をひく」
「ありがと、帝ちゃん。やっぱ、帝ちゃんは僕のヒーロー候補だよ。
 ついでに、チョコとかプリンとかドラ焼が出てくると嬉しいな」
「そんなものはない」
「………」

真由は目を潤ませ帝へ空腹を訴える。

「すまん」
「…………僕、もう一度倒れてもいい?」

帝は真由の体を木へ凭れかけさせると、背を向けた。

「乗れ」

真由は躊躇することなくその背中に乗っかった。

「うわ〜い、いい感じの高さだね!」

空腹で動けないと言っていた真由は元気に足をバタバタさせる。
一通り、その高さを楽しんだ後、帝の背中に顔を寄せた。

「しっかりした背中だね。これから、もっともっと大きくなるよ、これは!」

お兄さんいいもの持ってるね、としゃべり続ける真由の声を聞き流しながら、雪道を歩く。

これが新しい奥方候補。

たまたま山へ登って惑わされました、と言うには、真由から感じ取れる異能力が一般人と言わせない。
とはいえ、圧倒的な能力を感じるわけではない。
他の奥方候補と比べてもその差は歴然で、彼女が選らばれたことに帝は不審に思った。
異能力が低下し奥方候補から外れた者もいるというのに、
わざわざ能力の期待できないものを奥方候補とするなどと。

父様は何を考えている?

帝の脳裏に、悲しげに笑った少女の横顔が浮かぶ。

「なんだ?」

氷のような指先が帝の眉間に触れた。

「眉間の皺はね、幸せを歪めちゃうんだよ? 帝ちゃんの皺よ皺よ飛んで行けぃ」

真由を乗せた背中は温かい。
自然と口元が緩んでいることに帝は気づいていない。


それに気づいたのは、この結界を張った者だけであった。





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