メイド☆ラプソディ No.3







シアさんが村に帰ってから、早くも一ヶ月が過ぎました。
あれから、アンナさんは元気がありません。
その癖、苛立っています。
そういう態度をしているわけではないですけど、逆立てた猫みたいな空気って分るんですよね。
私も………食欲がありません。
海鮮トマトスパゲティと2種類のチーズを使ったオムレツ、
5段ホットケーキを目の前にしてつい出てしまう溜息。
私の周りの人達ってキャラが濃い人ばっかりなので、
空気清浄機のようなシアさんがいないとかなり辛いです。
ああ、私の癒しはどこへ〜。

カランコローンとのどかにドアベルが鳴りました。
「いらっしゃいませ」
アンナさんが声を弾ませました。
誰でしょう……なんとなく予想がつく気がしますが………。

「御機嫌よう」

涼やかな声。
あちらこちらで聞こえるフォームやナイフの落下音。
ざわついていた食堂が静まり返っています。
ポカーンとした間抜けなおっさん達の顔、顔、顔。
笑いたいのですが、残念ながら、一番笑えないものを感じているのは私です。
アンナさんはその方を私の向かい席へ案内しました。
その方は、自分で椅子を引き、スカートを摘み上げ、
古い椅子が軋まない、洗練された動作で腰を掛けました。
明らかに大衆食堂が似合わないこのお方は、その一角を、
私が座っている辺りを別の空気に染め上げています。

よく言われる、さらに言うと平凡な才しか持たない吟遊詩人達が
決まって言う言葉をあげるとこうなります。
お月様の光を練り込めたような不思議な光沢のプラチナブロンドに、
穢れることを知らない空色の瞳。
薔薇水をそっと含ませたような唇に、天使のカーブを描くような輪郭。
この国だけでなく他国でも清美でたおやかな姫君として有名で、
騎士が選ぶ愛と忠誠を誓いたい姫50人という訳分らないものに選ばれています。
ちなみに、私個人の見解を付け加えるとするなら、お腹の中が真っ黒なくせに
白々しいまでの純白なお洋服が似合う辺りが恐ろしい、というところでしょうか。

そのお方は、
「モツ煮込定食をお願い」
と言いました。
うまいもん屋の看板娘はさすがで、
美しい唇から零れる鈴の音を鳴らすような『モツ煮込定食』という言葉の響きに動揺することなく、
注文を厨房へ伝えに行きました。

「………お嬢様、今日は何の稽古をサボったのですか?」
「あら、人聞きが悪いわ。
 単に、お呼ばれされていたお茶会があまりにもつまらなかったから帰っただけよ」
「………性質の悪さは変わりません」
「言うわね」

フィリア・ラ・ヴェリテ・アムール・パストレ・アラヴィー・ロコ・アンエトワール・オブ・プリストン、
このお方が私の仕えているお嬢様です。
この名前の意味は、プリストン国の一尊貴族であり、
パストレ、アラヴィー、ロコ(昔は全ての領地を名前に記していましたけど、あまりにも長くなるので
代表的な3つの土地を名乗るよう制度が変わったのです)の領主家であり、
親から真実の愛を贈り物にもらった、フィリアお嬢様、となるのです。
ちなみに、この真実の愛というのは、
繰り返される旦那様の浮気にぶち切れた奥様が当てつけのように付けた名前とのことです。
その時、奥様はフィリアお嬢様を連れて家出をし、その時どういう環境にあったのか分りませんが、 
この大衆食堂に入るのに躊躇いのない、モツ煮込み定食を嬉々として注文する奇妙なお嬢様が
出来上がってしまったのです。

「だって、すごくすごくありえないほどつまらなかったのよ。
 空気中に浮遊する埃の欠片ほどの価値さえないお茶会だったわ。
 ピーチクパーチク囀るのなら、雲雀のように美しく囀って欲しいものだわ。
 噂話しか娯楽のない連中って可哀想!」
出るわ出るわ、口から吐かれる毒、毒、毒。
「だったらお断りすればいいじゃないですか」
「中には侮れない情報もあるのよ。人を一人消せるようなね……」
硬直した私がおかしかったのか、お嬢様はコロコロ、と鈴の音のような可憐な笑い声を上げました。





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