「お待たせしました」
目の前に置かれた湯気立てるモツ煮込み定食。
スプーンとフォークは分るのですが、なぜナイフも必要なのでしょうか?
明らかにいらないと思うんですよ、アンナさん。
「ありがとう」
お嬢様はスプーンとフォークを手に取ると(当然ナイフは不要です)、優雅に口に運びました。
「おいしいわ」
「ありがとうございます………」
お嬢様が訝しげに首を傾げました。
そりゃそうです。
いつもなら憧れのフィリアお嬢様に誉められると、顔を紅潮させ目を爛々と輝かせ、
ブンブン勢いよく尻尾を振る犬のように喜びをあらわにするのに、
今日は相変わらずの浮かない顔のままです。
「何かあったの?」
「い、いいえ」
首を振るアンナさんをじっと悲しそうに見つめるお嬢様。
「わたくしでは、力になれないのね………」
お嬢様は悲しそうに、実に悲しそうに視線をテーブルに落しました。
その様子にアンナさんは大慌てです。
「そんなことないです!
あたしごときのためにフィリアお嬢様のお心を煩わせるなんて……本当に申し訳ないです!!」
お嬢様はアンナさんの手を握り、こう言いました。
「そんなこと言わないで? アンナさんはわたくしにとって大切なお友達よ」
はい、落ちましたね。
この、お嬢様の猫かぶりがぁ!
「あら、ダリア、何か言いたいことでもあるの?」
「い、いいえ……」
「大丈夫。あなたのことも大好きよ」
はひぃー。
ああ、嬉しいような恐ろしいような、こういう気持ちのことを『矛盾』って言うんですね!
悶える私のことをさっさと視界から追い出したお嬢様は尚もアンナさんの誑して、
いえ、落として、いえ、攻略していきます。
「わたくしがアンナさんの向日葵のような笑顔が曇っていて、悲しくならないはずがないでしょう?
わたくしが微力な存在だというのは分っているわ。でもね、傲慢になるつもりはないの。
ただ、あなたの力になりたいだけ………」
お嬢様、憂いを含んだ微笑を浮かべます。
「実は……」
ああ、アンナさん、話しちゃだめじゃないですか!
って、お嬢様が怖くて止められない私も同罪ですね。
その前に、と耳をダンボにしている他のお客さん達に、当然お嬢様は気づいています。
お嬢様はゆるりと周りを見渡し、
「ねぇ、ごめんなさい。わたくし、大切なお友達と大切なお話をしたいの。席を外してくださるわよね?」
断言ですが、確定ですか、強制ですか?
お嬢様の微笑には勝てるものなどいず、他のお客様はペコペコお辞儀しながら低姿勢に出て行きました。
さすがお嬢様、最強です。
アンナさんはお嬢様に促され席につき、シアさんの身に起ったことを話しました。
聞き終えたお嬢様は、
「酷いわね………」
かなり怒ってます。
「そうですよね! 許せないですよね!」
アンナさんも机をバンバンと叩き、怒り度数を表しています。
モツ鍋の汁が零れそうです。
それを口に出すと怒りの矛先は私に向いそうなので黙っておきましょう。
「許せないわ」
確かに、気分がいい話ではありません。
簡単に話を、出会い編とか恋が盛り上がっていく辺りの話をはしょって話せばこういうことです。
シアさんは、勤めていた家の若君に恋をしてしました。
その若君もシアさんに好意を抱いており、二人は両思いとなりました。
しかし、突然、シアさんは身分が低いことを理由に若君に別れを告げられました。
「「『僕に相応しい令嬢がたくさんいるのに君みたいな卑しいメイドに本気になるわけはないだろ』
って最悪な男だわ!!」」
あ、その台詞、説明に付け加えようと思ったのに……。
「そういえば、あの家、最近跡取り息子のお嫁探しに奔走しているの。
4等貴族や資産を持っている商人の娘を見繕っては息子と毎日のようにお見合いをさせているそうよ」
お嬢様が空色の目をねっとりと細めました。
嫌な予感。
「ダリア、あなたも大切なお友達をそんな風に見下されて許せないでしょう?」
ま、まぁ……シアさんとは仲良かったですし、あんないい子はめったにいませんし、
身分の一言で切り捨てられるのは正直気分のいい話ではありませんが……。
コクンと頷く私に、お嬢様の瞳がキラン。
「それに、同じメイドとして卑しいと言われるのは不愉快でしょう?」
んー。不愉快と言いますか、そんな分らずは無視しちゃえ☆って感じなのですが……。
「不愉快よね?!」
「はひー」
強引に引き出された返事に、更に輝くお嬢様の瞳。
ああ、お嬢様の瞳が澄んだ秋空からギラギラと太陽を瞬かせる夏空へと変わっていく。
「本当に卑しいのは驕り高ぶるその人の心よ」
凛然としたお嬢様にアンナさんうっとり。
まぁ私も……なんですけどね。
はぁ………。
お嬢様は厳しげな表情を一瞬して微笑みに変え、私を促しました。
「というわけで、さぁ行きましょうか」
「へ? どこへです?」
「帰るの」
「私、今日は約一ヶ月ぶりのお休みを取っておりまして、午後から図書館にでも行こうかなぁっと………」
「そんなこと言っていられないわ。ただでさえ、時間が足りないのよ」
「時間……ですか?」
「当たり前よ。
あなたをどこに出しても恥ずかしくない令嬢に仕上げなければならないのだから、
一分一秒が惜しいのよ」
は?
お嬢様、私は、さっぱり、さっぱり、意味が分りませんのですが……。
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