「えーっと……令嬢に仕上げなければいけない、『あなた』って誰ですか……?」
「会話の流れから察しなさい。ダリア、あなたよ」
察したくなかったんですよぉ………。
「いい? 人は皆、ダリアもアンナさんもわたくしもあのムカつく王様も、同じ生き物なのよ」
ちょっとお嬢様、今、さりげなく王様の前にムカつくを入れましたよね……?
お嬢様を崇拝しているアンナさんの耳からは弾かれたみたいですが。
「皮を剥いだら肉が見え、薄く血管が流れているのが見える。その肉を剥いだら、下には白い骨がある。
誰一人変わらないの」
お嬢様、神々しく笑うのはいいんですが、どっかでそれを見た、とか言わないですよね?
もしくはやったとか……ブルブルブル。
「それなのに、着飾った猿達は自分達が猿であることを理解していない。嘆かわしいことだわ。
わたくしも同じ貴族として恥ずかしいわ」
「そんな……!
確かに貴族様にはあたし達平民を人間と思っていないムカつくヤツが多いけど、フィリア様は違います!
天使様みたいに綺麗で優しくて慈悲深くて………」
グフッ……アンナさんの言葉に、一瞬、気が遠くなりかけました。
私、ファイトです!
「気品に満ちていて体から滲み出る愛のパワーが空気中に霧散していて、
それが太陽の光、いえ、月や星の下でもキラキラと輝いて……」
アンナさんは吟遊詩人からは聞いたことない、斬新なフィリア様賛美を次から次へと私達に浴びせかけます。
ああ、お嬢様気持ちよさそう。
お嬢様って実は自分好きっ子なので、誉められるのが大好きなんですよね。
指差して、「ナルシスト〜」なんて言ったら、太陽を見ることができなくなりそうなのでやりませんが……。
「アンナさん……あなたの真っ直ぐな目はいつもわたくしの真の姿を映してくれるわ……」
お嬢様は少しも謙遜をせず、感動に目を潤ませ、アンナさんの手を握りました。
この隙にこっそり逃げようとしたのですが……お嬢様に足を踏まれています………。
………アンナさん、このお方のどこが天使なのでしょう?
「ということなの」
お嬢様、何が「ということなの」でしょうか?
話の筋が非常にずれていると思うのですが……。
胡乱な目でお嬢様を見る私に、お嬢様は空咳を一つ。
「理想の令嬢に熱を上げて、実はその人は自分が『卑しい』と見下していたメイドでした、
となったらどうなるかしら……おおよそ想像はつくわよね。
そんなことになったら、プライドが傷つくし、周囲からの評価も落ちるわ……おほほほほほ、自業自得ね。
名づけて、『なんちゃってお嬢様に騙された馬鹿息子』作戦……」
素敵ですー、と拍手するアンナさん。
「何かしら?」
「い、いえ……」
ネーミングセンスがないな、と思いまして……そんなことは言えないですが。
それよりも先に主張しておかなければならないこと。
「むーりーですーーーっ!」
ブンブンと頭を激しく振り乱す。
お嬢様が諦めない限りは、頭がクラクラしてしまっても、気持ち悪くなっても、
脳味噌がぐちゃぐちゃになろうとも、脳味噌が耳から出てしまっても、やめません!
「ダリア?」
そんな覚悟で望んだのですが、お嬢様はそんな私の激しい首振り主張を、
両手で、というよりも人差し指一本であっさりと止めてしまいました……はうぅ。
「わたくしが無理とかいう言葉が嫌いなのを知っているわよね?」
「し、知っておりまする………」
だけど、野暮ったい私が、貴族の子息を虜にするお嬢様になれるわけないじゃないですかー!
美しいお嬢様に使えている私ですが、その私はというと、悲しいことに引き立て役にもならない、
道端の雑草、いえ、存在すらも気づかれない容姿なんです!
チビですし、ガリガリですし。
あまり外に出ることが少ないので(休日も図書館へ篭ってますし)肌は白いのですが、
お嬢様やシアさんみたいに絹や雪や陶器というよりも、カサカサでソバカスが目立ちます。
髪は赤茶けていて……これがなかなかの曲者なんですよねー。
紐で一つにまとめているのですが、こいつがなかなか奔放なヤツでして、
ほつれ毛となり、いつも頭がボサボサ状態なんです。
そんなですから、自分を着飾って楽しみたいという欲望は薄く、服装もサイズ気にせず、
とりあえず安い洋服を買っていている状態です。
まぁ、勤務中はメイド服がありますし、普段着なんて4、5着ぐらいしかありませんが。
「舞台はわたくしが用意するわ。うふふ」
うふふ、じゃありません。
「わ、私よりもアンナさんがやった方がいいかと……。
ほ、ほら、私は美しくないので磨かれてもアヒルに孔雀の羽をつけた程度にしかならないですし、
所詮はアヒルですし、どう考えても子息が気に入るお嬢様になるのはむ……」
無理、と言おうとして慌てて口を閉じる。
んーとんーと、
「不可能かと!」
「不可能という言葉も好ましくないわ」
「……っと、とにかくですね、私よりもアンナさんがいいと思うんです。
アンナさん、美人ですし……まぁ、連敗中ですけど、それは中身の問題なので関係ないかと……っっっ」
トレイを頭に叩きつけられ、撃沈する私。
「確かにアンナさんは美人な方だし、立ち姿勢も綺麗だし、素材として申し分はないわ。
でもね、アンナさんはメイドではないの。
やはりここは同じメイドがメイドとしての底力を見せるべきよね?」
出た、お嬢様の肯定しか求めていない疑問形!
「はぁ………」
「ダリア、頑張ってね! あんたなら大丈夫よ。ほら、神経が図太い……じゃなくて、
根暗な外見に反して度胸あるし、物怖じしないし、イケルイケル」
アンナさん、誉めてないです……しくしくしく。
「上手く行ったらうまいもん屋のランチセットをずーっとタダで提供してあげるv」
タダ?!
つい反応してしまう私。
「でも失敗したら、半年間ここへの立ち入り禁止だからね!」
そんなぁ〜。
「やらないっていうのもなしよ。そんな薄情なヤツ、絶交だし、3年間はうまいもん屋への立ち入り禁止よ」
酷すぎですぅ〜。
どう考えても私の方が分が悪いじゃないですか!
とどめを刺すはお嬢様。
「あら、大丈夫よ。わたくしがついているもの。
『無駄な労力を使った』なんて思い、ダリアはわたくしにさせないわよね?」
………私もお暇を頂いて里帰りをしてもいいでしょうか?
まぁ、里はないので諸国放浪の旅、となってしまうのですが。
「さぁ、納得したようだし、行きましょう」
納得してません〜〜〜!
お嬢様は、この細腕でなぜこれだけの力が出せるのか、と毎度不思議に思うのですが、
私の襟首の後ろを掴み、ズルズルと引きずって店の外へと向います。
「く、首っ、しま……ってま……す………」
「ありがとうございました〜」
初めのテンションと打って変わり、晴れやかなアンナさんの声に見送られ、
意識を失いそうになりながら、私は屋敷へ強制送還となりました……はうぅ〜。
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