「懐かしい?」
「私の剣の師匠の名もベルディットと言うんだ」
一人称が私って言うからには、千年前の話よね?
じゃあ、魔王って呼ばれてた頃のレキの剣の師匠?
剣を教わる魔王かー。
何か変な感じ。
「師匠も若い頃天馬騎士団に所属してたそうでね」
「じゃあ団長さんがその師匠の子孫?」
「直系ではないよ。
師匠は弟に家を継がせて家も国も捨てた人だったから、きっとその弟の子孫なんだろう」
それってどっかで聞いた話と一緒?
「たしか団長さんもその師匠さんと同じ事しようとしてるみたいだったよね?」
「あの人も家と国を捨てる事になってもいいから旅に出ると言っていたからね」
師匠さんもきっと団長さんと似た様な人だったんだろうな。
「久しぶりにあの頃を思い出した」
そう言いながら、レキはすっと左手を夜空にかざし、そのまま何かを掴むかの様に握りしめた。
「……不思議なものだ…。あの頃の事は私の中ではまだ数年前の出来事なのに、
世界から見たら千年も前の話だとはね」
月明かりに照らされ、笑いとも哀しみとも取れる表情を浮かべるレキは、普段より大人びて、
まるで別人かの様に見えた。
「…!?」
そんなレキの表情を見た瞬間、初めて会った時にも感じた既視感が再び胸を過った。
それと共に様々な感情があたしの中からあふれ出て来ようとする。
これは何?
…これは怒り?
…これは嘆き?
…これは喜び?
………これは………??
「……ところで、セリアはこんな話、知ってる?」
「…えっ!?」
話し掛けられた途端に、さっきまであたしの中からあふれ出そうとしていた感情の波は、
嘘の様に跡形もなく消え去っていた。
…今のは何だったんだろう?
「セリア?」
「あっ、えっと…何の話?」
慌てるあたしを不思議そうに見た後、レキは改めて話を始めた。
…今のは悩んでも仕方がなさそうな気がするし、後で一人でゆっくり考えてみる事にしよう。
「こんな話、知ってる?『女神リディアティールは最初、世界の元を創った。そしてその時、
自らから零れ落ちた三つの力の欠片から三人の娘を生み出した』って話」
「『空を司る娘、ラシュカ。海を司る娘、ユイエ。大地を司る娘、イルファ。
三人の娘はそれぞれが司る領域を命で満たし、女神は自らに似せた、
力を持たぬ者―人間―を創り出した』
って続くんでしょ?知ってるわよ」
「そしてこう締め括る。『最後に女神リディアティールは太陽を、
三人の娘はそれぞれ月を一つずつ空に浮かべた。
これがリーディアルの始まりである』創世の神話は有名だから、知っててもおかしくないか」
て言うか、子供でも知ってて当たり前な話なんだけどね。
「その神話が何なの?」
「月の名前を言ってみて?」
レキは微笑みを浮かべて、あたしを見つめている。
「いいけど…。蒼の月ラシュカ、翠の月ユイエ、紅の月イルファ、でしょ?」
「じゃあ太陽の名前は?」
「白の太陽、シェルン」
問われるまま答えてみたけど、この話の流れからして、
もしかしてレキはあたしの長年の疑問の答えを知ってる?
「不思議に思った事ってない?」
「あるある!『月の名前はそれぞれを創った娘の名から名付けられてるのに、
どうして太陽は女神の名前じゃないのか?
第一シェルンって名前は女神が付けたとしたら何の名前なのか?
そうじゃないなら誰が付けた名前なのか?』ってずーっと不思議だったの!
もしかして、知ってるの!?
あたし初めて創世神話聞いた後に、先生にその質問してみたんだけどね、何て答えたと思う!?」
まくしたて始めたあたしをレキは面白そうに見ている。
「『さあ?たしかに先生は天才で、この世界に存在する知識を
世界一よく理解していると言ってもいいでしょう。
ですが、いくら先生でも存在しない知識は知る術がないのですよ』って答えたのよー!
信じられる?自分で自分の事天才とか言い切っちゃう人!
……じゃなくて、そう言う人でも答えられなかった質問をレキは答えられるって言うの!?」
びしっと人差し指を突き付けたあたしを見て、レキはどことなく楽しそうに頷いた。
「私は答えられるよ」
あまりにもあっさりと言われた言葉にあたしが唖然としていると、レキがにっこりと笑いかけてきた。
「どうかした?」
その態度を見てると、何か驚かされたあたしがバカみたいな気がして無性に腹立つなー。
「どうもしない!」
「そう?」
レキはあたしが思ってる事を見透かしたかの様に微笑んでいる。
「それはいいから、知ってるならさっさと話す!」
「……話してもいいけど、本当に聞きたい?」
いきなり身を起こしたレキは、そう言って真顔であたしを見た。
「……き、聞きたいに決まってるでしょ!ずっと疑問だったんだから」
突然の真剣な表情に少しどきっとしながらもそう答えたあたしをレキは見つめている。
「……本当に聞きたい?歴史から消された神話を。
人々が『知りたくない』『忘れたい』と願い、故意に語られる事のなくなった物語を」
「そこまで言われて『やっぱり聞くのやめます』なんて言うと思った?」
あたしが少し怒ったフリをしながらそう言うと、レキは困った様に首を振った。
「いや、セリアなら何が何でも話を聞きたがると思ったよ」
「わかってるじゃない。じゃあさっそく話して!」
レキはあたしの言葉に苦笑している。
「セリアには適わないな。わかった、話そう。
多分もう私以外に知る者はいないだろう、忘れ去られた神話を」
そう言ってレキは話し始めた。
あたしが知らない物語を。
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