DARK HALF3Pro





摘んだばかりの木の実の入った木で編んだ籠を提げた一人の娘が
ぼんやりとしながら森を歩いていた。

ふと、何か聞こえた様な気がして娘は足を止め辺りを見回した。

「………?」

確かにか細い猫か何かの様な声が耳に届いていた。

娘がその方角に恐る恐る歩いて行くと、そこに倒れている人影が見えた。

「だ、大丈夫ですか!?」

駆け寄って息を呑む。

それは一人の女性だった。
頭に巻いた布から細く長い銀色の髪が流れ落ち、瞳が閉じられたその顔は、
娘が今まで見た誰よりも美しかった。

しかし娘の目を引いたのはそれではなかった。

その女性の体は血塗れだった。
背後から襲われ斬られたところで逃げ出しここまできて力尽きたのだろう。
背中の傷から血が流れ、街道とは反対の方から点々と血の跡が続き、
布で包まれた何かを抱き締めたままその女性は絶命していた。
しかも血はまだ乾ききっておらず、死んでまだそんなに時間が経っていない様だった。

「……あ」

明らかにその女性を手に掛けた誰かがいる事に思い立った娘は恐怖に身を竦ませた。

その時女性が抱き締めていた包みがごそりと動いた。

「何…?」

包みは声に反応する様にまた動いた。
娘が覗きこむと、動いた拍子に包みははらりと解けて中身が見えた。

「……あーうー」
「赤ちゃん!?」

包みの中身は、その女性そっくりの銀色の髪をした、まだ産まれて半年くらいだろう赤ん坊だった。
娘をここに呼んだのはその赤ん坊の声だったのだろう。

我が子を庇い背後から斬られ、この子を守ってここまで逃げてきてこの人は力尽きて死んだんだ、
と娘は思い紅い瞳で見つめてくる赤ん坊をそっと抱き上げた。

「…うー」

娘に抱き上げられた赤ん坊は母を探す様に手をばたつかせる。
そんな赤ん坊を愛しげにぎゅっと抱き締めて、娘は女性の亡骸に向かって頭を下げた。

「あなたを殺した人がまだこの辺りにいるかもしれません。
 血の跡を辿って追いかけてくるかもしれません。
 その人に見つかればこの子も殺されるかもしれません。
 そうでなくてもこのままではこの子は死んでしまいます。
 だからこの子はあたしが連れて行きます。
 あたしの子として育てます。だからどうか安らかに眠ってください…」

我が子を亡くした心の傷が癒えきっていなかった娘は、
そのまま赤ん坊を抱いて足早に自分の住む村へと帰っていった。



「あなた、森でこの子を拾ったの。今日からこの子はあたし達の子よ」

突然連れ帰った赤ん坊に戸惑いつつも、子を亡くして以来見たことのなかった妻の笑顔に、
夫もそれに同意した。

妻から赤ん坊をそっと受け取り抱き上げた男はその産着に何か文字があるのに気付いた。

「…おや、産着に縫い取りがしてある。レキ…これはア、かな?うーん、
 それ以上は破れていてわからないな」
「この子はレキ。あたし達の子供。それでいいでしょ?」

妻をとても愛している、娘の夫である男は赤ん坊の首に何かが掛けられているのにも気付き、
その事は妻には告げずそれを見えない様にそっと隠した。

それはペンダントだった。
金細工をあしらったクリスタルのペンダントは素人目に見てもとても高価な物で、
それが赤ん坊の身元を明らかにしてしまいそうな気がした。

もし赤ん坊の身元が明らかになって連れて行かれてしまったら妻はまた笑顔を失ってしまう。
それは嫌だ。

そう考えた男は誰にも、もちろん妻にもそのペンダントを見せない様に隠す事を決め、
それを実行に移した。

寝室の床板を外し、箱に入れたペンダントを埋めて、床板を直し、
男は何もなかったかの様に振る舞った。

幸いと言っていいのか悩むところだが、子を失ってから妻は
一年以上も人と顔を合わせない様にして暮らしてきたから、実の子と言ってもきっと大丈夫だ、
もし実の子ではないと知られてしまっても妻の為に知人から子を譲り受けたと言えばいい。
この子の身元がわからない限り、自分達夫婦の子だと認めさせるにはそれで十分だろう。
男はそう考えたのだった。

こうしてその赤ん坊は夫婦の実子として育てられた。


それから七年が過ぎ、赤ん坊はやんちゃざかりの少年に成長していた。


両親が近くの村に出掛け朝から留守にしていたある日、
少年は村からそれ程離れていないところに位置する立ち入りを禁じられた遺跡と呼ばれる廃墟へ
入り込んだ。

何故そこへ行ったのか、中で何があったのか、それを知るのは少年しかいない。

だが少年は夜になっても外へ出てくる事はなかった。

村に帰り少年の不在に気付き心配した両親がどこを捜してもその姿は見当たらず、
夜が明けて村の男達は恐る恐る廃墟にまで捜しに行った。

そして廃墟の中で崩れた床の下に地下室があるのを見付け、
薄暗いその中に少年らしき小柄な人影が倒れているのを見た。

声を掛けても身動き一つしない少年を訝しく思った少年の父はロープを垂らしランタンを片手に
下へと降りた。

地下室は空気が古いのか黴の様な匂いと錆の様な匂いが入り交じっていてひどく息苦しく、
男は顔をしかめて息子の名を呼んだ。

「レキ?」

ランタンの灯りに照らされた光景は凄惨なものだった。

壁には黒い何かが飛び散り、床には黒い染みが広がっていた。
そしてその染みの中心には少年が仰向けに倒れていた。

「…な、何なんだ?」

自分の目に映るものを理解出来ずに男は少年に近寄り体を抱き上げ、そして気付いてしまった。
部屋に広がる黒いものは少年の体から流れ出した血だ、と。

少年は背中に何か大きな獣の鋭い爪で抉られた様な傷跡を付け、冷たくなっていた。
壁の血は乾き、床の血は乾きかけて粘り気のある水溜まりとなっており、
少年の心臓が鼓動を止めてかなりの時間が経っている様だった。

冷たくなった息子の体を抱き締めたまま男の思考はぐちゃぐちゃになっていた。

もしあのペンダントを隠さないでこの子の家族を捜していたら
もっと別の場所で幸せになっていたんじゃないのか?
もし自分達の子供としてこの村で育てなければ
この子はこんなところで一人で死なないで済んだんじゃないのか?
この子がこんなところで死ぬ事になってしまったのは自分達の所為じゃないのか?
不幸にしてしまった親をこの子は恨んでいるんじゃないのか?
こんな人間は親失格なんじゃないか?
こんなところで一人死なせてすまなかった。
本当にすまなかった…。



男はそれから再度子を失ったショックで倒れた妻をも看取り、
その後悔の念に押し潰されそうになりながらも命続く限り愛する二人の墓を守り、
一人生きる事を選んだ。
それが男に出来るせめてもの償いだと思ったからだった。


そしてその想いは十年の後に一人の少年の言葉で報われる事となるが
その時の男はそれを知る術もない。








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