深海定点観測






「ところで、先刻通りがかったってのは?」
恐らく、俺が仮眠している間に何かあったのだろう。
俺の問いに、木々那教授が目を輝かせ身を乗り出してくる。

「そうそう、黒江チャンが眠ってる間にね、すっごいのが傍を通ったんだよ! 
オトヒメノハナガサって生物なんだけどさ、僕、生きてるのは初めて見たもんだから、
もう感動の嵐吹きまくりって感じ!」

「乙姫の花笠か……綺麗な名前ですね」
うんうん、と嬉しそうに頷く木々那教授。
「名前だけじゃなくて実物もキレイなんだよ〜。ピンクの笠の中にね、
ひらひら〜ってしたリボンみたいな器官が入っててね……。
あ、ちゃんと写真も撮ったんだよ? 見る? 見る?」

「ええ、是非」
「止めておいた方が良いと思うよ、黒江君……」
「―― え?」
後方で小さく鴫教授が囁いたのが聞こえて、思わず聞き返した俺だったが、時すでに遅し。
「ジャンジャジャーーン♪」
満面の笑みを浮かべ、木々那教授はノートPC画面一杯に拡大した
「オトヒメノハナガサ」の画像を
俺の目の前に広げた。


グロい……。それはその一言に尽きる物体だった。
海月(クラゲ)を思わせる薄桃色の笠の中に、リボンと言うよりは、
ピンク色のミミズの用な細長い肉片がぐちゃぐちゃと、うねうねと、わしゃわしゃと
気色悪く絡まっている。例えるなら、脳みそとか、内臓とか……。

背中にぞぞっと寒気が走る。
口元をひきつらせながら、俺は木々那教授に感想を正直に告げた。

「………何と言葉にしていいか分からないぐらいの衝撃を受けました」
―― 決して誉め言葉では無い。が、木々那教授に俺の意図は全く伝わらなかったようだ。
「でしょでしょ!? 美しいよねっ!? もぉ大自然の神秘って感じだよねっ! 
こんな独創的な形状の生命体が深海にはゴロゴロ居るんだもん。やっぱり深海生物って面白っ☆」

こんなグロい形状の生命体がゴロゴロかぁ。……香奈美、お父さん早く浮上したくなってきたよ。
「ホントは黒江チャンにも生で見て欲しかったんだけどさぁ……鴫教授に
黒江チャンは疲れているだろうから起こしちゃ駄目だって止められちゃったんだよねっ」

「あ、ありがとうございます、鴫教授っ!」
俺は鴫教授に深々と頭を下げた。柔和な老紳士はフッと自嘲的に笑い、虚空を見やる。
「アレは……本当に凄かったよ、黒江君。動くんだ……あの肉塊。
うぞりうぞりと。そして蝕手みたいなのも出て来てね……それが潮の緩慢な流れに乗って
揺れる様と言ったら……もう………」

彼の肌にはプツプツと寒イボが立っていた。


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