要はねっ、と彼女は小首を傾けながら言葉を続ける。
「ちょっと前まで常識とされていたことが、最近の科学の超進化によって
ぽんぽこ覆されつつあるんだよっ。
地球は太陽の周りを回っている1つの衛星に過ぎない、
その太陽系だって広大な宇宙の極々一部ってのは今や疑うこと無く真実だし。
月にはウサちゃんも輝夜姫も居ないって解った代わりに、アメリカとソ連の旗がぶっ刺さってるの。
お空に浮かぶ月ってとっても遠いとこにあるでしょ?
僕、あんなとこまで人類が到達しているってことがたまに信じられなくなるんだけどさ、
それが今の真実・常識なんだよね」
確かに…夜空に輝き、あるいは青空にぼんやりと浮かぶ、
あの遠い丸い物体に地球の国旗が刺してあるというのは知識としては知っていても
理解し難いかもしれない。
「今日の常識が明日、いきなり間違っていたって判明してもおかしくは無いんだよ黒江チャン!
…で、さっき自分で言ったこと覚えてる?」
「さっき言ったことですか?」
はて…なんだったっけ?と考え込んでしまう俺。
「3秒前っ!2・1、ブッブー時間切れなんだね!はいっ、スーパーひとし君没収ぅ〜!」
「は?スーパー、ひと……?」
「世界不思○発見ですよ」
さらりと教えてくれる鴫教授。…ってか何気にテレビっ子ですか教授お二人?
言われるまでスーパーひとし君が何だったかすっかり忘れてましたよ俺。
「正解は、『魚類がそんな事考えるのか甚だ疑問だ』というところでしたっ!」
「あ、あぁ確かに言いましたねそんな事も」
「そこに僕は意義を申し立てたいんだねっ!」
うんうん、と頷く俺に木々那教授はビシッと人指し指を突きつける。
フケまみれなので迫力・不快感共に無駄に十分だ。
どうでも良いが人を指差しちゃ失礼だって知らんのかこのお嬢さんは…知らんだろなぁ、
なんせ木々那教授だし。
「あのね、鴫教授は知ってると思うんだけど、海洋…特に深海部の研究ってのは
つい最近始まったばかりなんだね。宇宙なんかより、ずっとずっと傍にあるのさぁ」
「そうですよね、木々那さん。
でも人は得てして自分の足元は見ようとしないものですから……上ばっかり眺めてね。
人類が得ている海洋知識ってのは全体の30%にも満たないんです、
宇宙開発の方が断然進んでいるんですよ」
「海の中の…あと70%は謎なんですね」
「そっ、謎がい〜っぱい詰まってるんだよ。だからね、宇宙人みたいな知的生命体が、
高度技術を持った深海生物が居たって可笑しくないのさっ!
グロイ〜とか、きしょい〜とか言ったら傷つく深海生物もきっと居るんだねっ!
内臓みたい、なんて形容は失礼なんだぞっ!
ど〜だ黒江ちゃん、反論できるならしてみやがれってんだねっ!」
「うっ。確かに、そう…かも知れないですけど…」
えっへんと胸をはって木々那教授に言われ、俺は鼻白んでしまう。
確かに、確かに知的な、インテリな海洋生物も居るかもしれない、だけど…。
「けど…なんなのぅ?」
「けど、やっぱりグロいモノはグロいんです!
鴫教授だってあんな知的生命体とはコンタクト取りたくないですよねっ!」
「うわっ、ズルイですよ黒江君っ!私に振るんですかっ!?」
「どうなの鴫教授っ!?」
木々那教授に詰め寄られ、鴫教授はしばし虚空に視線を泳がせる。
「う……ま、まぁ確かにあまりお近づきにはなりたくないってのが
正直な感想かもしれませんが………」
「がぁーんっ!僕ショックだよぉ、鴫教授までそんな意見っ!?」
もぉジャジャジャジャーン、ダダダダーンって感じ。と
思いっきり音を外しまくったベートーベンの運命を口ずさむ木々那教授。
変わらず言動が普通じゃない人だ。
「でも木々那さん、こういった会話はインテリジェンスな深海生命体を発見できてからでも
遅くないじゃないですか!
その為にも今は少し休息しましょうよ?疲れは注意力を散漫にしますから……」
ねっ?と木々那教授に可愛らしく小首を傾けてみせる鴫教授。
良い感じに話を上手く逸らすテクニック、流石は人生の先輩だ。俺も便乗してうんうんと頷く。
「鴫教授の言う通りですよ。さ、さ、どうぞ仮眠室へ!」
「う〜にゅ〜。なんか上手くはぐらかされた感じなんだけど……」
「はっはっは!何を言ってるんですか木々那教授っ!
俺と鴫教授は貴女の体調を気遣っているだけですよ」
某アパガードのCM(ちょっと古い)もかくや、という位の爽やかな笑みを浮かべて言う俺に
彼女は思いっきり胡散臭げな表情になる。
「……黒江チャン、その表情、かなぁり……キモいんだね」
ほっとけ!!
「う〜ん、確かに僕もぅ30時間以上起きてるしねぇ。よしっ、ちょっと休憩してくるんだねっ!」
おやすみぃ〜!とひらひら手を振り、仮眠室への梯子を降りていく木々那教授。
俺と鴫教授も軽く手を振る。
「はい、おやすみなさい」
「お疲れ様でした。………長時間眠るんだぞぉー。二度と起きなくても良いですからねぇ〜」
最後の方は小声で言ったつもりだったのだが、ばっちり聞こえていたらしい。
「やかましーんだねっ黒江チャン!」
船底から響いてきた抗議の声に、俺と鴫教授は顔を見合わせて苦笑いを浮かべ合ったのだった。
取り合えず、木々那栄・退場。
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