満月の夜の歌姫11








ポツポツと粒だった雨が線となった。
雨はカーテンを作った。

私の口から溜息が洩れた。
いけない。

案の定、
「椿様? 何か気になることでも?」
1学年下の副会長、宮下晴香、宮が顔を曇らせる。
私は笑みを浮かべ、ゆったりと首を横に振った。
動作をゆっくりすると優雅に見える。
「いいえ。ただ雨が降ると少し憂鬱になってしまうわね……」
「そうですね。でも……雨のしっとりとした風情と物憂げな影のある会長の横顔
 ……素敵ですぅv」
ア○フルの子犬のような目で見つめられて顔が引きつりそうになる。
次期会長として推薦を考えているのだけど考え直そうかしら…….
頻繁にどこかの世界へいっちゃう宮だけど、頭の回転速いし、仕事もできるし、
優秀ではあるのだ。

「楓さんと華江さんを呼んできて」
とりあえず遠ざけることにする。
宮は一礼し、生徒会室を後にした。

座ってばかりで肩と腰がこりそう。
私は椅子から立ち上がり背伸びをする。

窓の外を見た。
生徒会室からは園芸部が整えている薔薇園が見える。
赤や黄色や白、ピンク、色とりどりの花が雨に霞んでみえる。
また知らず知らずのうちに溜息をついていた。

本日はどしゃぶりの雨。
明日も雨だと天気予報は言っている。
明日は男との約束の日。

なのに、私の唇から零れるのは安堵ではなく、空虚な溜息。

正直に認めよう。
私、苑子はありきたりの毎日をどうにかしたいと考えている。
あの男の登場に日常が壊されると恐れたのだが、それ以上に変化する日常に
期待していたようだ。
この息苦しい、つまらない、鎖で縛られた世界をどうにかして欲しい。
穴を開けて破壊したい。
ずっと抱いていた想い。

「……あなたは歌いたいの? ルナ?」

なぜかそう問いかけていた。
今まで、私にとってルナはあくまでも、演じている自分であった。
でも、「苑子」も演じているのだから、結局はルナと同じだ。
だとしたら、本当の私はどこにいるんだろう。

………雨は人をセンチメンタルにする。
哲学ほど報われない問題はない。
私は揺らいでしまった感情を押し殺した。

よいタイミングでノック音がした。

「呼んだ?」
お嬢様学校にあるまじき言葉遣いなのは、金城楓、体育部長だ。
ショートに切られた髪に長身、まさに宝塚の男役。
女子高のアイドルで、下駄箱はいつもハートのシールが張られた手紙でいっぱい。
微笑ましい光景と言うべきか、不毛な光景と言うべきか……。
「Hi! How are you today?」
とにっこりと笑顔で手を上げる華やかな美少女は、文化部長の藤見華江。
帰国子女で、母方の祖祖祖父母が貴族のご令嬢だったらしい。
色素の薄い髪の目が異国の血が流れていることを教えてくれる。
私は楓に「憂鬱よ」と英語で返した。
楓は、「この雨、嫌ね」と日本語で言い、肩を竦めた。
っと、そんなことではなくて……。

私は処理をし終わった書類を二つに分け、それを楓と華江へ渡した。
来週から試験準備期間に入る。
試験準備期間は部活動が禁止となる。
ただし、部活動申請書が生徒会で受理されれば部活動を行ってもよいこととなっている。
ほとんどの部活が活動申請書を提出している。
それを今までの部活の実績、部員の成績や生活態度を参照し、
受理・否認と分けたものがこの書類の束である。

「それぞれ部長に渡してくれるかしら?」
「……去年より否認が多くないか?」
「ええ。4月の実力テストの結果が悪くて学園側がね……。
 なので、今回は基準を厳しくしたの。不可の理由は赤ペンで入れているわ。
 不服なら『直接私の元へおいでなさい』と伝えてくれる?」
「分かったよ、女王陛下」
「楓、その呼び方、いい加減やめてくれないかしら?」
「これ以上、苑子に合うあだ名があればね」
「あだ名をつける必要なんてないじゃないの!」
「苑子にあだ名はよいと思うわ。これで親しみが沸けばいいじゃない」
「……『女王陛下』というあだ名にどうやったら親しみが沸くのか分からないわ」
それもそうだ、と楓と華江は笑った。

女王という言葉にどっかの馬鹿男の顔が思い出され、つい顔を顰めてしまった。


 

 

 


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