満月の夜の歌姫7


 

 

捨てようと思ったけど捨てられなかった。
長かったような短かったような、2週間が経ってしまった。

もちろん行くわけない。
行ってどうする? 
行ったらどうなる?

『流れに任せればいいんだよ。何も考えないで感じるままに動けばいい』

時計はとっくに午後7時を過ぎていた。
だけど、私は男がくれた特別招待券から目が離せない。
あの男のギターが聴きたい。
日が経っても色あせない音が鳴り響く。
勉強に集中できない!
私はシャーペンを投げつけた。

「……ど……したらいいの………?」

歯車が狂ってしまった。
いや、元々狂っていた。
あの男に会って以来ズレは大きくなり、私という存在が壊れそうになっている。
胸が締め付けられ、苦しい。
………酸素が欲しい。

窓の外では、下弦の月が笑っていた。
ちょうど、ママもパパも留守だ。

結局、私は家を抜け出した。
私の部屋には鍵がかかっていて、パパやママが覗きに来ることはない。
月に一回、満月の夜だけ、と決めているのは、自分への戒めなだけであって、
実は、家を抜け出し夜の街に飛び出すのはそう難しいことじゃないのだ。
信用している娘が夜遊び(?)をしているなんて知ったら
パパもママも泡吹いて倒れちゃうわね。
向うのは先生の家。
ルナになる道具は先生の家に置いてもらっている。
元々、この息抜き方法提案してくれたのは先生なのだ。

先生は連絡もせずに来てしまった私に何も言わず、通してくれた。
ここで私はルナへと化ける。
自由の存在へと。

「行ってきます!」

外の空気を思いっきり吸った。
この開放感!
たまんないぜっ!







「音一筋」が今夜出演することになっているライブハウスは、
路地の奥まったところにあった。
あたしは、地下へ降りる階段をどうしても踏み出せずにいた。

聴きたい、聴きたいけど……聴くのが怖い。
さらりと弾いた男のギターであんなに魅了されたのだ。
男の本気を聴いてしまったらどうなってしまうか分からない。
親の敵のように狭い階段を睨む。
眩暈さえ感じて、あたしはその場に座り込んだ。

「ねぇ、ちょっと、大丈夫?」
「あ………」
女の子の二人連れが声をかけてくれた。
大丈夫だとあたしが首を振ると、それはそれで気がすんだらしく、
女の子たちは階段を下りて行った。
あたしも彼女たちの後に続く。

耳に残るあの音にはあたしの過剰な思い込みが入っているのかもしれない。
実際に聴いたら、たいしたことないのかもしれない。
そしたら思いっきり笑ってやろう。

「……チケット一枚」
「3500円です」
男からもらった招待券を使う気はなかった。

ドア越しに音が聴こえる。
ギター、ドラム、ベースの音。
ドアを開けるとさらに音がはっきりする。

あたしはこのドアを閉じて帰りたくなってしまった。
だけど、身体はソレを求めていて、するりと中に入ってしまった。

あたしが思っていたより、音一筋は人気のあるバンドらしい。
小さなライブスペースは体をゆするお客さんでいっぱいだった。
……詰め込みすぎだろ。
でも、これなら見つからないはず。
ホッとする。

音は、期待外れどころか、想像よりもよかった。
ベースとドラムが入っている分、音の厚みが出てより圧倒感がある。

そう、このバンドは三人しかいない。
ドラム、ベース、それからギターとボーカルをやっているあの男。
だけど、絵的にも音楽的にも寂しさや物足りなさは感じさせない。
それぞれの技量が高く、それぞれに華があるからだろう。

重さはないものの、軽快なスティック捌きを見せるドラム。
けっして軽いわけじゃなく、芯があり、拍感が強調されていてノリやすい。
ベースはクールな表情をして、バラエティに富んだ音を出す。
深みのある重い音から、軽めのおどけた音まで。
そして、あの男。
ギターの腕前は嫌というほど知っているからいいとしても、その歌声。
あたしを誘う必要なんてないじゃん。
あの男はセクシーな声で、観客をタラシている。
あの男と出会わないで、ここに来たら、このバンドのファンになっていたろう
……出会わなかったら来ることはなかったのだから、なんて意味のないこと。

あたしは壁にもたれて、目を瞑った。
そうするとさらにリアルに音を感じる。
音に包まれて、最高の気分だ。

「キャーーー!!!」

曲が終了する。
女の子、それから野郎達から声があがる。

「嘘ぉっ! エイ、エイっ!」
「こっち来てぇ、エイーーv」

こっち来て?

「はい、ちょっとどいてねぇ」

どいて?


あたしは目を開けた。




 

 

 

 


前へ    次へ







Home   Novel


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送