満月の夜の歌姫8


 

 

モーゼが海を割ったように、男が人ごみを分けてこっちにやってくる。
窮屈でスペースがないと思いきや、意外に余裕はあったらしい
……なんて冷静に考えている場合じゃなくて………。

「よぉ、遅いぜv」

ライブ中にだろ! 何やってるんだよ!?
突き刺さる視線が痛い。
女の子なんかは、何この女!?と、嫉妬バリバリの目で見ている。
……あとで絶対呼び出される……呼び出されたとしても、もちろん倍返しにするけどな。

「ちょっ……離せっ、バカヤロー!」

男はあたしを舞台の方へ連れて行こうとしている。
冗談じゃないっ!

男は笑っていた。
だけど、目は射るように鋭く、降り注ぐどの眼差しよりも痛い。
痛いというより熱い、焼けるようだ。

骨が握り潰されそうなほど、手首を掴む力は強い。
逃げられない……。

部外者達は、ざわざわと、何かが起こる、それを息を顰め見極めようとしている。

目の前に突き出されたステージ。
僅かな段差、上と下の境。
乗り越えるわけにはいかない。
あたしは座り込んだ。

「クッ……ほんとに最高だぜ、ルナちゃん」
男が喉からくぐもった笑い声を出す。
「いやぁぁぁ!!!」
女どもから悲鳴が上がる。
あたしは体を抱き上げられ、ステージの上に下ろされた。
もう呆然とするしかない。
なんて強引な奴なんだ!

男はマイクを取った。

「俺の運命のヒト、だ」

女どもは布を引き裂くような声を上げ、野郎どもは口笛を吹き冷やかす。
後ろから抱き締められた。
「ぐふっ……まぁ、この通りかなりのじゃじゃ馬だけどな」
かなり強く肘鉄をかましたのに、男はあたしから手を離さない。

「俺の、いや、俺たちの歌姫だ」

オレタチノ……?

あたしが何かを言う前に、

「もしかして、そいつを俺たちのバンドに入れるのか……?」
「もしかしてくてもそうだよ」
「聞いてねぇぞっ!」
ドラムがスティックを投げた。
カンとステージで跳ねた。
「ああ、そうだっけ?」

おいおい……。

「そうだよ、なんも聞いてないっ!!
 俺は反対だからな! 今のままで充分じゃねーか!
 麗さんならまだしも、なんで女を、こんなブスを入れねぇといけないんだよっっ!?」


そうよそうよ、と女たちからも賛同が上がる。

ブス……?

あたしは男の手を払った。
男は大人しく手をどかせ、ニヤニヤと成り行きを見守っている。
……こいつの期待に添えるのは嫌だけどさ、聞き流せないことってあるじゃん。

あたしは落ちているドラムのスティックを取ると、ドラムのガキめがけて投げた。
「……ってぇ〜〜〜! 何するんだよ!?」
「何するんだぁ?
 んなの、お前が癇癪を起こして投げた商売道具を返してやったんだよ!
 ありがとうぐらい言えよ、ガキ!」

「んだとぉ! やるかぁ!?」
「フン、女相手に少し挑発されたぐらいで頭に血を昇らせるなんて、ほんとガキだね、
 みみっちい男だぜ」

グッと黙る。なかなか素直な奴らしい。
まぁ、あの男に比べたら、誰でも真っ直ぐな奴だろう。

「サイテー」
「超乱暴じゃん!」
「ブース、さっさとステージ降りろーーー!」
ブーイングが起こる。
男の手から問答無用でマイクを取る。
「うっせぇぇぇぇ!!!」
キィィィィィィン!
これでよし。

「この女入れるんだったら、俺、バンド抜けるからなっ!」
ドラム小僧が憎憎しげにあたしと男を睨み、言った。
多分、そうしたら、引き止めるなり妥協案を出すと思ったんだろう。
だけど、この男はそんなに甘くない。
「やめれば?」
……こーいう奴だよな。
「お前とこいつどっち取るかって言われたらこいつ取る」
おいおい、ステージで内部分裂するなよ……。
今度は男に向ってブーイングが飛ぶ。
「このバンドは俺のバンドだ。俺が好きにして何が悪い?
 ……だけどな、その分最高のモノをる自信はあるぜ?
 ……タカさんはどーする? タカさんまで抜けられるのは痛いけど、
 別にギターとボーカルだけでまた始めてもいいしなー」

勝手に決めるなっ!
「どうしても、彼女は離したくないわけだ」
「ああ」

なぜそんなに男があたしを求めるのかが分からない。

ピアノやっているから音楽についての基本はできている。
けど、それはクラシックで、ポップスは通じない。
本格的にボイストレーニングをやっているわけでもない。
ただ好き勝手歌っているだけ。

まぁ、それなりに上手い自信はある。
じゃなきゃ、ストリートで人を集められないしな。
でも、その程度だったら他にもいっぱいいるはずだろ?


「彼女の歌を聴いたことないからなんとも言えないけど、
 俺はお前の音に惚れている。……ついて行くよ」

乱暴な音がした。
「分かったよ、俺がやめればいいんだろっ!」
ドラム小僧は今にも泣きそうな顔をして、出て行った。

かわいそうだ……って同情している場合じゃなくて。


「あたしはやるって言ってない!」
「へ? エイ、了承してもらったんじゃないのか?」
「今口説いているところ」
「相変わらず気が早いなー」
「時間の問題だろ?」
「だから、やらないって言ってるだろ! さっさとあのドラム小僧でも呼び戻せよ!!」
「本人がやりたくないって言うんだからしょうがいないだろ」
「あたしもやりたくないんだけど?」
「それはまた別」
何が別だよ……。
「とにかくあの小僧を戻せ!」
「あいつの気持ちが変わらない限り戻ってこないよ。
 ああ、でも、ルナちゃんの歌聴いたらバックでやりたくなるかもな」

「だーかーら、あたしはやらないって!」
「へぇ、そんなにいいんだ。楽しみだな」
「ホントホントマジ惚れるって」
「人の話を聞けっっっ!」

ライブの本番中……なんだよな?

いいのかよ、ギャラリー放っておいて。
いっとくけどな、あたしが原因じゃないからな、あたしは関係ないっ!

あーあ、やっぱりこなきゃよかった……。

「あー、じゃ、今からナンパしないといけないんで、ライブ終わりねー」
今までで一番大きいブーイングが起こる。
そりゃそうだ……だめだ。もうこの男に言うことなんて何もない。
「悪かったよ。あ、受付でメールでも何でも連絡先書いて。
次のライブのチケット無料で送るからさv
 みんな最高、俺様超最高、タカさんもルナちゃんもカズもウルトラ最高v」

おおおお、と盛り上がる。
なんでこれで盛り上がれるんだ?

あ、ああ……頭痛くなってきた。



 

 

 

 


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