満月の夜の歌姫9




 

チッチッチッチと音を刻む壁時計。

「いい加減そこをどけ!」
「やーだよっ!」
やーだよ、ってあんたいくつだよ……。
こいつに真面目に接していると疲れそうだ。

さて、どうしよう?

あたしは、無理やりライブハウスの控え室に連れてこられ軟禁中の身となった。
出て行こうにも、男がドアの前にパイプ椅子を置いてどっかりと座り、
あたしの進路を邪魔してくれている。

「だって話はまだ終わってねぇもん。
 なぁ、一緒に歌おーよ。俺、ルナちゃんのバックで演奏したいー。
 俺のスペシャフルなギターにルナちゃんの女神な声が乗って……
 あー、想像するだけで ドッキドキゾックゾクするよー。
 タカさん、これってやっぱ恋かしらん?」

ワクワクと眼を輝かせて、壁に立ってこっちの状況を見物しているベース男に聞く馬鹿。

「エイの場合は恋っていうより変」
ベース男はあっさりそんなことを言う。

ってゆーより、この馬鹿を止めて欲しいんだけど。

「あははっ、タカさん上手いー。なぁ、こんな歌詞どう? 
 『君を想う僕は恋し過ぎて変態〜』って」
………………やっぱりこいつの日本語のセンスは最悪だ。
「タイトルは『変態ラブソング』?」
ベース男はまともかと思ったのに……細い糸目をさらに細めて
………さすが馬鹿男のバンドメンバーだ。
まさに類は友を呼ぶ。

あたしは間違ってもこいつらの仲間になりたくない。

「どうでもいいからそこをどけっ!」
「だから、嫌だってば。まだ話が終ってないもん♪」
「オヤジが『もん♪』なんて使うな」
「オヤジってまだぴちぴちの二十代なのに……クスン」
「エイ、最近のピチピチは小学生だぞ」
「うそぉん。エイちゃんショーーーック」

落ち着け、あたし!
こいつらのペースに巻き込まれるんじゃない。

「さっさとその話とやらを話せ!」
男は右手で向かい側の椅子を指した。
あたしは乱暴に椅子に腰を下ろした。

「ルナちゃん、満月の夜でも出てこれるんだな」
「何だよ、いきなり」
「みんな、ルナちゃんは満月の夜しか出てこないって言っていたからな。
 楽しい噂盛りだくさんだったぜ。
 実はルナちゃんは売り出し中のブリブリなアイドルで、事務所の方針と自分の個性に
 葛藤がたまり、満月の夜夢遊病か二重人格者になって街にふらふら出て歌ってる、とか」
「はぁ!?」
「まだあるよん♪ 聞きたい人ー! はーいっ!」
自分で言って自分で手を上げる馬鹿。
っておい、壁の人。あんたもさり気に手を上げるんじゃない。
「他にもねぇー」
「口を縫い付けるぞ」
言っとくけど、薔薇の花を縫えるほどの腕前なんだからな!
「ルナちゃんこわーいっv」

あはははー。私、ぶち切れ一歩手前。

「………なぁ、死んでくるか?」
「笑って言われると結構癖になっちゃうv
 どうしよう、タカさん、僕、新しい趣味に目覚めちゃった?」
「新しい世界の開拓でお前の歌の世界が広がることを期待しているよ」
「新しい世界への旅立ちねv ドキドキしちゃうv」
………馬鹿男ども。
「いい加減にしろっ! 拉致監禁変態ロリコン男どもっ!!」
あたしの言葉に男達は不本意だと唇を尖らせた。

「変態とかロリコンとか言われたのは初めてだなぁ。結構新鮮かも……」
「あはは、タカさん新鮮って何だよ。
 まあ、変態までは分かるけどさぁ、俺、ロリコン趣味はないぜ」
「やっぱ変態なのは認めるんだ」
「俺の変態ぶりはタカさんも知ってるでしょ?」
「まぁね」
「「君を想う僕は恋し過ぎて変態〜」」

わざわざそのワンフレーズをハモる馬鹿と馬鹿。
あたしの精神破壊寸前……。

「……………………………で、何が言いたいんだよ?」
「ルナちゃんが満月に現れるお化けじゃなくってよかったよ。
 うちのボーカルになってくれ」
「却下。話は終わりだ。さっさとそこをどけ」
「じゃ、却下。どうしたら組んでくれる?」
「条件なんてない」
「なんか理由でも?」
「ない」
あたしはきっぱりと言い切った。

あたしがバンドを組む? バンドを組むには練習だとかライブとかで
今よりも抜け出す回数を増やさなければいけない。
そんな危険を冒す理由はない。

「なぁ、賭けをしよう」
男が急に目を輝かせた。

「次の満月の夜……一週間後だな、晴れだったら俺の勝ち、雨だったらあんたの勝ち」
「……………」
「梅雨の季節だし、今のところ天気予報も雨だってさ。
 確率的にはあんたの方が高いんだよ」
「本当だろうな?」
「ああ。俺様嘘つかない♪」
……怪しい。
だけどにっちもさっちも行かない状況だ。
下手したら朝までここに軟禁なんて冗談じゃない。
大騒ぎになって、今までのあたしの素行がばれてしまう。

ジクっと胸が痛んだ。

ルナのことをばれた時、両親はどんな反応をするだろうか。
あたしに対してどんな目を向けるだろうか。
………確実に今よりも息苦しい毎日が待っているだろうな。

「分かった。次の満月の晩雨が降っていたら、私近づくな、二度と私に顔を見せるな!」
「冷たいね、ルナちゃんは……。
 OK、雨が降っていたら、二度とあんたの前には顔を現さない。
 だけど、晴れていたら、あんたは……」
「……好きにしろよ」
「俺のモノだ」
「いやらしい言い方すんなっ!」

どうぞお姫様、と男が椅子をどけ、ドアを開ける。
そのまま出て行こうとしてあたしは足を止める。
「……なんでそう落ち着いているんだ?」
天気予報は雨と言っている。反対に賭けておきながら男は余裕しゃくしゃくだ。

男は苦笑した。
「落ち着いてなんかいないぜ。内心バクバクだよ。
 外れたら、俺は俺の歌姫を諦めなきゃならない。
 ……でも、俺は俺の勘を信じてる。あんたは俺のモノになる」
「てめぇの泣きっ面楽しみにしてるぜ」
「いや〜ん、女王様〜v もっといたぶってぇんv」

……………。
あたしはドアを乱暴に閉めた。

階段を上がったところで、
「ちょっと話があるんだけど」
さっそく呼び出しが来た。



 

 

 

 


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